第十話 バンド名を決めるときは大抵グダグダになる 前編




 YAM7やむなな


 Yumekoユメコ

 Aikaアイカ

 Mayumiマユミ

 Nanamiナナミ



 七海は数字の7だ―――そのままだね、そのまんま。

 頭文字をとってバンド名にしたわけだけれど、それを決めた当時のことを思い出す。

 結局シンプルな感じにまとまったけれど、あの頃は揉めた揉めた。

 学生時代の私たちは、まだまとまりがなかった。



 ……今でもまとまりなどない。

 あの頃か、初めて四人で何かをちゃんと---長時間かはわからないが相談したのは。



 ―――――――――

 ――――――――



 会場では暴行と、逃げる客。

 相も変わらず、その両方がいる。

 演奏がひと段落というか、何とか軌道に乗ったところではああるけれど、この種類のスリルを感じるライブは初めてだ。


「なんとかなった……何とかなったと言えるのか、こんなものが―――ねえ。 結局、この観客はどういう事なんだよこれ、なあ夢呼」



 ギターマユミが演奏の手を止めてボーカルユメコに問いかける。

 誰も説明してくれないままこのライブは始まっている。

 丸根マネもそうだが、情報は無し。

 マネージャーに関しては、スピーカーの音量変化の情報から、ボーカルの要求に応えてくれたようだ、それは確かである。



 誰も正しい答えがわからないと、もうわかっている四人ではある。

 けれど声をあげて鳴かずにはいられない。

 いまだ騒ぎは続いているのだ。



『幾つかの仮説が考えられるねェ!……あたしを起点として美少女が四人! 勢揃いしたことによる、オスどものリビドーの暴走……これがひとつッ』



 マイクで怒鳴らなくてもいいのだが。

 ベースナナミがうなだれる。

 ベースから伸びるストラップがかかった肩、鎖骨を際立たせて色っぽい。


「その仮説ならよかったというか……本当、それならまだマシだったかもしれないわね……なにも、血を吐きながらしなくていいと思うのだけれど」



「ケガしてるし、そのケガをほっといて―――手当てもせずに、ケンカしてるよぉー?」



 ドラムスアイカも戸惑う。



『さあなそれを―――それ、可能だったのは私も驚いた。 ここまで熱のあるライブを完成させるとは、やはり美少女か……アタシは……!』


「……女の子もいるわよ、襲ってる側には」


「だよね」


 確かに視覚から入る状況として、この大ホールで暴れる連中、暴動者に男女関係なかった。

 男女比は半々と思われる―――もっとも、見える情報はあまりない。

 完全ではないが暗闇であるし、顔に血がついていると、傷も負っていると、男なのか女なのか、果ては年齢すらも判別は困難である。



 男が女に暴力を振るう時もあるし、その逆も少なくない、いや多い。

 そういえば女性ファンを大量に持っているバンドが今日の出演者には何組か、いた。

 女性の参加者はたくさんいた―――今回は完全に裏目となり、犠牲者が増えたが。



 チケットの売れ行きが良かった今回、先行販売の時点でスピード消化だったらしい。

 だが今回に限っては売れ残ってくれた方が―――よかっただろうに。



「……女の方が噛みついて来る意味がわからなくないか、私もさっき、何人か捌いたぞ」



 真弓は視線を細め、苦い顔をする。

 襲い掛かってくる敵でありながら、その様子に苦しさを感じた。

 症状が痛々しい。

 間近で触れた者ならではの、抱いた感想である。


 四人で思案する。

 誰も美少女が四人のくだりを突っ込まないあたり、このバンドグループの精神性がうかがえた。

 演奏という方法によって、自分たちを取り戻しつつあるのだ。



「そこはキミぃ……そこはジェラシー、嫉妬。まさしく女らしさのど真ん中じゃあないか」


「そのドヤ顔は何なんだ、何事だよ……ソレ言うお前ってどうなんだ」


「ま、七海みたいなのもいるしねえ、人には色々あるんだよ」


「―――フンだ」


 七海はこれ見よがしに溜息、誰のせいでこうなっているのかとでも言いたげだ。

 まあ、今はその話題で遊んでいる場合ではない。

 とにかく。



「人には色々……ねぇ、私の勘では、病気だ。 よくわからないが原因不明だが、何かが流行はやっている」


「病気……!」


 それを聞いた真弓も、否定できなかった。

 これだけの人数が計画的に暴れた、理性的に暴れたとは思えない、猛威の振るいかたが尋常ではない。



 いまだ事態は解決とはいかない。

 私たちがわかったのは、演奏でこの状況にかろうじて対抗できるということ。

 音によって、暴動者は動きを止める、人を襲うのをやめる。

 まるで動物にちょっかいをかけているようだけれど、これがすべてなのだから、今なのだから仕方があるまい。



 まともな人たちとまともじゃない人たちの殴り合い、奪い合い、襲い合いともいえるものが見下ろせる。

 視線をあげれば、ああ---ああ、上の階もあった。

 観客席は二階層になっている。


 前方の奥を見ればやや狭い規模で二階席があり、階上でも争いが勃発している。

 柵はあるのだが、転落防止のそれに押さえつけられている。

 人が落ちそうになっていた。

 それを遠目に見ている夢呼は、しかし呟く。



「この場を乗り切る、あるいは耐えきることを考えるしかない」


 先程の影響が、スピーカー利用の影響が薄れてきた。

 暴動者たちがまた、バラバラに活動準備。

 のろのろと、周りを見回す。



 演奏という方法によって、自分たちを取り戻しつつ、まだこの場を乗り切れる。

 状況の打開、兆しというか、光明が差したことにより、いつものペースを取り戻しつつある新進気鋭のバンドである。





 ―――




 かつての四人を思い出す。

 当時高校三年生になったばかりだった私。

 本格的に就職、受験の毎日になる前に、バンドでちゃんと一曲完成させよう。

 悪あがきと言っては何だが一曲、四人で一曲やってネットに音楽データを、アップしてみようということになった。



 私たちが過ごした学び舎は、都会の高校でもない、大して大きな高校ではない。

 少し行けば広がる水田地帯が、自然の多さを湛えていた。

 そんな事情もあり、ボーカル、ギター、ベース、ドラムスが揃うということがもうプチ奇跡であり、テンションは上々。

 ギター担当の私……?

 もちろん高揚感はあった。



 四人とも喜んでいたことを覚えている。

 基本的にはかなり前向きに話は進んでいた。

 コピーバンドだったから演奏するのは有名な曲の候補がいくつかあり、やってみる曲は決まり、そこで揉めることはなかった。

 ……うん。

 では、揉めることはなかったんだ……本当に。



「---えええぇッ!? バンド名が決まってない!」



 驚愕の声をあげたのは、その頃は濃紺ブレザー姿だったボーカルである。

 あれは、冬服だったな。

 丸眼鏡の奥に輝く笑み。

 細めたその瞳に内包した輝きが、まあ目立つ女だった。

 ……それ以外も全部だけど。

 全部目立つけれど。



 普通の生徒は、眼鏡をかけていると印象が地味になるものだと思うのだけれど。

 私が考えるあらゆる常識が、一切当てはまらないのがこの女だった。

 それはあれから五年近くたっても変わらない。

 変わらず付きまとってくる存在感。



「それでマユミ!このわたしにパーフェクツかつビューテホーなバンド名を考えろって言うんだね! そのつもりでクラスまでやって来て私を連れだしたってえわけだろ! さっさと決めろと発破をかけているんだね!」


「い……いや、すぐに決めろとまでは言ってないけどさ」


 決まってないよって言って、相談しようと思って。

 既にネットの音楽サイトでは曲の投稿を行っていた夢呼だったので、バンド名がない状態での活動も、それなりに続いていた。



 元々は夢呼がソロでやっていたようなものらしい。

 親のタブレット使ってインスタグラフィーとかで、ワンフレーズだけ歌うようなことなら日常的にアップロードしていたそうだ。




 ちらりと聞いた感じでは危なっかしくもあるが―――ネットでそこまで自由に活動できるということに、羨ましさは感じる。

 そんな学生時代の私である。

 無名で歌の投稿を繰り返していたらしい。

 部屋で一人で練習していた私とは違い、それなりにマイリストがついていた。



 夢呼の歌に、場合によっては愛花がドラムでエイト・ビートを刻む。

 愛花、のちのYAM7のドラムス。

 いや最初からドラムやっていたけれど。

 エレドラ―――電子ドラムというものは、普通の一般的なドラムよりも多彩な音を出せるので、なんだか思っていたよりも喧しくなく。

 まともだったというのが初めて動画を見せてもらった印象だ。



 そもそもが、あの愛花が何か一つでも楽器を使いこなせるということに驚いた。

 使いこなせるという言い方が初心者的か、私。

 愛花が、演奏できることだ。

 驚いてから、日が浅かった。



 ……どういう話だったっけ。

 なんの話だったっけ。



 ああ。つまり、各個バラバラに歌うやら弾いているやらと言った状況だったので、ちゃんと四人に集まってやるのようになってからは日が浅いということだ。

 全員の過去の演奏歴をすべて把握するなどは行なっていないしするつもりもなかった。

 が、弾けるということ叩けるということは、過去に別のバンドに―――まあ本当に十代前半とかなら、演奏の体を成していなかったかもしれないが―――所属してやっていた経験もあるのだろう。



 ちなみに私はかなり浅いと自負している。

 その日もさっさと家に帰って練習したいよというような焦燥を感じていた。

 もっとうまくなってから、それからでも録音は遅くないだろう。

 ものすごく及び腰な、私だった。

 特に、夢呼の軽薄な態度からすれば今すぐにでも収録が始まりそうな、とにかく……そんな恐ろしさがあった。

 それでもギターパートの難易度自体は高くない曲なので、演奏歴一年ちょっとでもなんとかなるのか……?



 兎にも角にもバンド名だった。

 バンド名を決める、ぐらいなら一曲初めて通すよりも早いだろう、容易いだろう。

 と、言うことで放課後に校庭の一角に集まってのバンド会議が開かれた。



「え? わたしが決めるんじゃないの? 作詞もやりたいからバンド名もその範疇でしょ」


 夢呼はいつか自分で曲を作りたいと言っていた。


「知らない―――夢呼のアカウント使うんでしょう? 違うんけ? じゃあもうバンドの名前があるんだって思ってたわよ」


 七海は無表情だが戸惑う。


「ラブリーフラワーズでいいじゃんー、そうだ、そうしよ」


 愛花は早く終わらせたい感じがある。

 それと同時に笑顔で楽しそうだから、なんだか器用な奴だ。


「私は……ただ決まってないっていうことを言いたかった……決めよう、決めちゃおう」


 連絡は最初全く食い違っていた。

 兎にも角にも何か一つ決めなければなるまい。

 流石にラブリーフラワーズは恥ずかしいが過ぎる。

 あとあんたが主役みたいで、私の立つ瀬は一体どこにあるんだよ。


「『夢呼と愉快な仲間たち』―――、でもいいかな?九十点ってところでしょ」


 ボーカルよ、あんたも思考回路は同じなんだな。

 ツッコミどころ満載ではあるものの、夢呼が主導権を握ったまま話は進んでいく。

 握っているのかわからないが、まあ一番喋るやつが主導権を握っているようにはみえてしまう―――私からは。

 名前なんてインパクトさ、それが無かったら少しも目立つことが出来ない、と彼女は言う。



「第一印象なんだよ、それが大事―――初っ端しょ ぱなのインパクトで負けたらあんた、聞いている側だってテンションが駄々下がりよ。 コレつまりは『名前だけでも憶えて帰ってください』、っていうやつなんだからさァ。デス……デス・クリムゾン……りび、リビング・デッド……」



 不穏なワードをいくつも呟くボーカル担当。

 これからバンドが飛躍するために、力強さがあるものにしたいのだそうだ。

 え、まさかとは思うが、それらのワードを組み合わせていくつもりなのか。

 珍しく笑っていない。

 目が真剣マジだ。




 奴の重んじる第一印象とやらが私の求めるものとは違う。

 ……マズい、このままでは私の理想から遠のく。

 そんな心境の私がいるなか、話し合いは進んでいくのであった。

 不安である。

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