#10

「んっ・・・・」

目が醒めると隣が冷たい。

薄く目を開くと、ベッドに腰かけて携帯を弄っている好孝の姿が見えた。

最近私が寝たと思うと熱心に携帯を見ている。


"私見たの。好孝が違う女と会ってる所。"

少し前に美加から聞いた話が頭をよぎる。

好孝、今は誰の事を想ってるんだろう。

もやもやした気持ちを消すように、私はまた目を閉じ眠りについた。


「お先に失礼します。」

「お疲れ様~」

鞄に荷物を入れ、事務室を出ようとした私の腕を誰かが掴んだ。

「きゃっ!・・・豪くん?」

「ちょっと時間あるか?」

「え、でも、私早く帰らなきゃ好孝が」

「少し、少しだけ話がしたい。」

真剣な眼差しで言う豪くんに見つめられ、私はその腕を払えず、後を連いていった。


連れられてきたのはいつもの屋上。

豪くんに促されるようにベンチに座った。

「見たんだ。たまたま杏子の彼氏を近くのカフェで。」

「そうなんだ。」

「・・・・・杏子じゃない女と2人だった。」

豪くんの一言に肩がビクッと震えた。

「いかにも親しげにしてたから。杏子には申し訳ないけど、声かけようと思ったんだ。けど、あっちが俺に気付いて、慌てて店出ていったよ。」

「・・・・・」

豪くんの言葉を俯きながら噛み締める。

上を向くと心配そうな豪くんと目が合った。

「また杏子が悲しい思いをするのは、俺は見たくない。」

「分かってる。分かってるの、全部。

前に浮気してた子からも、女の人と会ってる所見たって聞いた。」

「杏子・・・」

「でも、ダメなの。私には好孝が居なきゃ・・・・」

「なんで、あいつにそんな」

「好孝は、私に初めて居場所を作ってくれたの。」


付き合い始めた時、周りからよく言われた。

"好孝、杏子と付き合ってんだってよ。"

"えー!好孝に杏子は勿体なくない?"

"なんでよりによって杏子なの?"

"金じゃねーの?"

常に好孝は明るくて周りから好かれていた。

暗くて、あまり自分から関わりを持たない私は、好孝と付き合うなんて何か裏があると噂が広がった。

「自信がない?」

「うん。好孝はなんで私なの?私別にお金持ちとかでもないし、暗いし、人見知りで自信がない私を・・・何で好孝は好きになったの?」

うーんと首を捻り、考える好孝。

面倒くさい質問しちゃったかな?

これで面倒な女だと別れを切り出されても仕方ない。

そう思っていると、好孝が思い付いたように私に話した。

「じゃあさ、俺が杏子に自信を持って貰える原因になればええんやろ?」

「え?」

「俺が、杏子の事が好き。だから、杏子は自信を持って欲しいんや。

真面目で、一生懸命な杏子の事が俺は好きになったんやから。」

「好孝・・・・」

「だから、杏子は俺の大好きな杏子なんやから。もっと自信持ってええんやで?」

そう言って、好孝は私の頭を撫でて微笑んでた。


「私は好孝が好きになってくれたから此処にいるの。だから、私は・・・もう離れられない。」

「でもあいつは他の女と」

「もう戻れないんだってば!好孝が私の事、ちゃんと嫌いって言ってくれるまでは、好孝からは離れられない。」

「杏子・・・・」

「ごめんね。心配してくれてありがとう。」

立ち上がり屋上を出ようとした私を、後ろから豪くんに抱き締めれた。

「・・ ・行かないでくれないか?

今度は俺が、杏子の自信になるから。杏子が自分に自信が付くように俺が精一杯愛するから。」


懇願するように私を抱き締める腕を強くする豪くん。

きっとこの腕に落ち着けば、楽になれる。

なのに・・・私は、なんでだろう。


「豪くん、離れて。好孝の所に戻らなきゃ。」

「杏子・・・・」

私の名前を呼ぶと、豪くんは腕の力を弱めた。

「・・・・ありがとう。こんな私を好きになってくれて。ごめんね。」

豪くんに背を向けたまま呟くと、私は後ろ髪を引かれないように前を向いて屋上を出た。




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