#8

時は流れ、好孝からは以前のような香水の香りはしなくなった。

「じゃあ、行ってきます。」

「気いつけて行ってな。今日美味しいご飯作っておく。」

好孝はより一層私の事を大事にしてくれている。そう思う毎日だった。

私は幸せを噛み締めながら好孝に手を振り、会社に向かった。


今日は珍しくお局からも怒られず、昼食に食べたパスタも美味しく感じた。

「昨日までが嘘みたい。」

ボソッと呟いた自分の声も明るく聞こえ、思わず笑ってしまった時だった。

「杏子。」

「!」

それは少し気まずくて避けていた優しいあの声。

「・・・・豪くん。」

そこにはいつものように優しく笑みを浮かべた豪くんがいた。


「隣、いいか?」

「・・・・うん。」

豪くんはゆっくり私の隣に座った。

「・・・・・・・」

無言の空間が数分間過ぎ、豪くんが私の方を改めて向き、口を開いた。

「この前は、すまなかった。」

「豪くん・・・」

「あの時、杏子の為と言いながら自分の事しか考えてなかった発言だった。1番辛いのは杏子なのに。杏子の事、考えてるようで考えてなかった。」

「そんな事ないよ。頼ったのは私なのに。

それを突き放すように離れたのは私。豪くんは優しくしてくれただけなのに。」

「杏子・・・・」

「でも、ごめんなさい。私、好孝の事もう1回信じてみたいの。」


自分勝手な事言ってる自分に嫌気がさす。

自分も一瞬豪くんの優しさに漬け込んだのに。

自然と溢れる涙を堪えるように下を向いた私を豪くんは抱き締めた。

「豪くん・・・?」

「ごめん。でも泣く杏子が悪いんだからな。」

「ごめんなさい・・・・。」

「・・・俺があいつだったら良かったのに。本当にあいつが羨ましいよ。」

ため息と同時に呟くと、豪くんがゆっくり私の体を放した。

「いつでも話聞くから。杏子が辛い時、杏子の助けになりたい。」

「ありがとう。」

「ごめんな、諦めの悪い奴で。」

「ううん。こっちこそごめんなさい。こんな私の事心配してくれて。」

「こんなとか言うな。そのままの杏子を俺は・・・まあ、いいか。じゃあな。」

困ったように豪くんは笑うと、私の頭を撫でて、立ち去っていった。


「お先に。お疲れ様。」

「お疲れ様~!」

同期に挨拶して、更衣室を出た。

好孝、今日何作ってるんだろう。

作っている姿を想像したら、自然と笑みが零れた。

早く帰らないと。

そう思いながら会社の自動ドアを開けた時だった。

「杏子ちゃん。」

久しぶりに聞いた声の方を見るとそこには1人の女性が居た。


久しぶりに香った香水の香り。

私がこの数ヶ月間傷つけられ続けたあの香り。

「美加・・・」

「久しぶりだね、杏子ちゃん。」

キレイなワンピースを着て、笑みを浮かべた美加が私を見て微笑んでいた。

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