#4
「あら杏子ちゃん、また残業?」
「ちょっと区切り悪いので。」
「頑張り過ぎちゃダメよ。じゃあ、お疲れ様。」
帰っていく同期の事務の子に軽くお辞儀をして、パソコンに向かう。
ドアが閉まったと同時にイスにもたれ掛かった。
「はあ・・・・」
毎日のように残業をし、家に帰るのを遅らせる理由は1つだった。
好孝の顔を、今は見たくなかった。
そう思っても帰れば必ず好孝と顔を合わせてしまう。
時にいつもと変わらない会話もするし、好孝の私に対するスキンシップもある。
でも、今まで以上に好孝の服から感じる・・甘い香水の香り。
いつ私は好孝から別れを告げられるだろう。
そう思うと家に帰る足が遠退いてしまう。
といっても、今日は違う。
今日が終われば明日は好孝との大切な日。
切りのいい所で仕事を終わらせ、会社を後にした。
「ただいまー・・・」
小さい声で言い、家に入った。
この時間なら好孝はいつも寝ているはず。
そう思いながらリビングのドアを開けようとした時。
「もう切るで。杏子もう帰ってくるだろうし。」
好孝の声・・・・話す感じだと電話しているのだと分かる。
「分かった分かった。また電話するから。
・・・・はいはい、来週やろ?ちゃんと予定空けてるから。」
ダメ、このまま居ては、ダメ。
私の中で、私が危険信号を鳴らしている。
ここから離れないと、自分が傷付く事になる。
「もうええやろ・・・・美加。」
ピキピキと、私の中で何かが壊れていく音がした。
・・・・今、何時だろう。
好孝から逃げるように家を出て、行く当てもなく、公園のベンチに佇んでいた。
美加と来週どこに行くんだろう。
そんな事考えちゃう自分に何故か笑えてしまった。
「ふふ、はは・・・・・」
小さい声が夜の公園に響く。
「ねえ、好孝。なんでこんな所に1人で居るんだろうね。明日・・・・。」
携帯の電源を押すと、待ち受けにしていた好孝との2ショットを背景に日付が変わった事を知った。
「もう今日だ・・・・・好孝と付き合って3年経ったんだよ。3年目記念日に、なんでこんな所に居るんだろうね。」
下を向いていると、ポツポツと水滴が零れ、急に雨が降ってきた。
「本当、最悪・・・・・」
なんで、こんなにツいてないんだろう。
「消えちゃいたい・・・・」
雨も構わず、公園を出て大きい通りに出た。
深夜なのに結構車って通ってるんだな・・・・。
もうどうなってもいい。好孝の居ない人生なんて、私は生きていけるんだろう。
ゆっくり足を進めようとした時。
「杏子!」
誰かに後ろから抱き締められた。
尻もちをついた前を大きなトラックが勢いよく通っていく。
「杏子!しっかりしろ!」
いつもの低い声。優しく心配してくれる声。
「・・・・・豪くん。」
そこには心配そうに見つめる豪くんが居た。
「コンビニ寄った帰りに急に杏子が虚ろな目で歩いてきたと思ったら、赤信号渡ろうとするし・・・・・しかもこんなびしょ濡れで。」
「豪くん・・・。」
「何か、あったのか?」
そこには優しい、それでも真っ直ぐな瞳が私を見つめていた。
涙って1回出るとこんなに止まらなかったっけ。溢れ出る涙が止まらない。
「ごめん・・・ごめんね。大丈夫だから。」
誤魔化すように俯いたまま豪くんから離れようとした時、グイっと引き寄せられた。
「豪・・・・くん?」
「杏子が泣いているのに、はいそうですかって離れられる訳・・・・ないだろ。」
「・・・・・・」
抱き締められた手をほどく事が出来なかった。
豪くんの腕に、そっと手を添えようとした時、落ちていた私の携帯が鳴った。
「好孝・・・・」
画面を見ると、好孝からの着信が見えた。
反射的に携帯を取ろうとした時、豪くんの腕にますます抱き締められる。
「豪くん、電話」
「今は出るな・・・・俺が居るだろ。」
「!」
神様、好孝、ごめんなさい。
道を踏み外す事を許してください。
「今は何も考えるな。俺が傍に居るから。」
抱き締められた豪くんの腕に、私は受け入れる事しか出来なかった。
冷たい雨が、心なしか暖かく感じるような気がした。
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