第36話

同日深夜

関東地方某変電所


「そっちの端、持ってくれ、そう、そこだ、そこに取り付けてくれ」


達也ら別の子供たちが変電所を爆破しようと発火物を仕掛ていた。


「よし、タイマーもセットできた。

明日の午前七時、予定通り首相官邸の狼煙のろしを合図にこの変電所の他、主要な電源供給のシステムがダウンする」


集まった子どもたちはお互いの顔をみて頷きあった。

「都心の機能をマヒさせるのが、こんなにたやすく行われるとは……」


あちらこちらで混乱している人間たちの姿を見て他人事ひとごとのようにつぶやいていた。


「ヒカル……」


今はヒカルのことだけしか頭では考えられなかった。


電車もタクシーも全く混乱していて、交通は完全にマヒしていた。

ひたすら歩いた。


家を七時過ぎに出たが、すでに正午を回っていた。

やっとの思いでヒカルのアパートまでやってきた。

すぐにチャイムを鳴らす。

応答がないため、ドアを叩く。


「ヒカル!俺だ、松木だ。開けてくれ!」


周りの喧騒はあったが精一杯叫んだ。

しかし、ヒカルの部屋からは反応がなかった。


仕方なくヒカルの勤めている店に向かった。


新宿駅界隈はやはりパニックになっていた。しかし、歌舞伎町の小さな飲み屋街は、ひと気がなく、ただ閑散として、ゴミの山だけが、昨夜の賑わいの証として積み上がっていた。


雑居ビルに入り店についたが、ドアは鍵がかけられて、中に人の気配はない。


「くそ!」


勢い余ってドアを蹴るが、意外と頑丈なドアで蹴った足の方が痛んだ。


後悔と共に諦め掛けていた、その時、ふと以前この店に来るきっかけになったママがいた東中野のマンション、それは確かにあの子どもたちのアジトだったはずの場所のことを思い出した。


ここからなら30分もあれば歩いて行ける。

松木は気を取り直して、すぐに向かった。




「ここだ」


そびえ立つ築三十年くらいのマンションを見上げる。


入り口はガラスの押し戸でセキュリティもないことが幸いしてあっさり入れた。

しかし古い型のエレベーターは、やはり電気が来ていないため、全く稼働していない。


仕方なく階段を上がる。

確か6階だったと記憶しているが、少し自信がない。

6階まで来てエレベーターの位置に立つと部屋の場所を思い出した。


「確かこっちの通路の突き当たりだったはず」


確かめるように独り言をいいながら曲がりくねった廊下を歩き、突き当たりの部屋に行き着いた。


多分ここだと、半信半疑ながら、もう躊躇している場合ではないと、すぐに呼び鈴を押す。


しかし、こちらも電気が来ていないため"ピンポーン"とは鳴らない。


仕方なくドアを叩く!


「ママ!蝶子ママ!俺です!松木です。

ママいませんか?!」


大声で叫ぶが、都心方面から鳴り響くサイレンがやかましく、この声は周りの住人には届いていない気がした。

おかげで近所の目を気にする必要はなくドアを叩き続ける。


しつこく叩き続けたが、やはり反応はない。

諦めかけながらふとドアノブに手をかけると"カチャ''と音を立ててドアが開いた。


人の家に無断で入るのは少し抵抗があったが、何かヒカリの居場所のヒントがあるかもしれないと思い、そのまま中に入ってドアを閉めた。


外の喧騒が少しだけトーンダウンする。


「失礼しまーす」


誰もいないであろう部屋に向かって一応断りを入れる。

靴を脱ぎ、左手にトイレらしきドアがある短い廊下を進む。


子どもの頃自分が住んでいた団地の廊下とダイニングの境にあった木の玉を紐で繋げた暖簾のれんのようなものをかき分ける。


ダイニングキッチンには1メートル四方くらいのこぶりなテーブルがあり、椅子が向かい合わせに二脚置いてある。


その先は二部屋に分かれている。


片方は洋室の作りでドアは開かれていて、ベッドと小さな勉強机があった。

もう片方は恐らく和室なんだろうか、ふすまがピタリと閉められていた。



別に泥棒ではないが、何となく音をたてないように、摺り足で歩き和室の襖に近づく。


ゆっくりと取っ手に手をかけて、勢いよく開けた。


「うわぁ!」


驚きのあまり、少しダイニングに後ずさりして尻もちをついた。


「あ、あっ……」


言葉が出ない。


そこには、白地に紺のボーダーTシャツに白のミニスカートを履いたヒカルがいた。


そして、その周りに真知子、信二、達也のほか、三人の子どもたちがいた。

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