第35話


1日前


「いいかー、今からは私語禁止だぞ。

首相官邸の中はとても静かなところだから、おしゃべりをしたらすぐに警備の人が来て、出て行けって言われてしまうからな」

「えー、マジで!」

「やばーい!刑務所行きかも!」

「あははは!そんなんで刑務所なんか行くわけねーだろ!」


「こらぁ!言ったそばから、おしゃべりしてどうする!」

「はーい、すみませーん」


小学校の5年生から中学3年生までを対象とした首相官邸『夏の特別見学』が実施されていた。


「真智子…」

「うん」


そこには見学会の一団に紛れた真智子と信二の姿があった。


ぞろぞろと繋がって歩いている集団から人目につかないように真智子が、列から離れた。


そして、階段の下に身を隠し、リュックを下ろし、その中から手製の時限発火装置を取り出した。


うまく階段の光が届かない箇所に設置して、パッと見ただけでは外から物が見えなようにその装置自体も黒塗りされていた。


信二は他の子どもより、頭一つ大きいため、迂闊うかつに行動するとすぐに見つかってしまう。

そこで、正攻法を使った。


「先生!」

「なんだ香取?」


「すみません。急に腹が……」


そう言うと苦しそうに下腹を押さえ出した。


「はぁ?こんな時に……ちょっと待ってろ」


しばらくすると守衛に許可を得たといってトイレに案内された。

ただし、そこには守衛がついてきた。 


「ちっ」


小さく舌打ちをしたが、くるりと振り返って守衛に


「す、すみません。よろしくお願いします」 


と弱々しくお願いする振りをした。


列から離れ、半地下のようなところにトイレはあった。

そこに入ると守衛に

「ここで待っているから」

と言われたので、

なるべく音が聞こえないように一番奥の個室に入った。


リュックのチャックを音をたてないようにゆっくりと開封し、そっと時限発火装置を取り出した。


トイレには冷房が効いておらず、外の気温はすでに30度を超えていたため、緊張と暑さで信二の額からは汗がしたたり落ちた。


装置を持つ手が少し震えたが、ゆっくりと地面に置くとタイマーをセットして、便器の後ろに空いている隙間にちょうどはまるように装置を置けた。


その後わざとトイレットペーパーをガラガラと大きな音を立てて引き出し、流した後、スッキリした顔を作り守衛に礼を言ってトイレを出たが、守衛がトイレに入り点検を始めた。


信二の額からは溜まっていた汗が、一気に噴き出し首筋から胸へと滑り落ちていった。


装置はパッと見ではわかりにくい程度には隠せたつもりだが、意識的に点検すれば確実に見つかってしまう。


信二はトイレの入口で硬直して動けなくなった身体をやっとねじり、目をトイレの中にむけた。


守衛が信二の入った個室に顔を入れた時、もう一人年配の守衛が来て信二に列に戻るように促すと同時に、トイレの中の守衛に


「遅れているから、早く戻れ」 


と命令した。


するとトイレの中の守衛は、チラリとだけ個室に目をやっただけで、信二と共に列に戻った。


近くにいたら心臓の鼓動が聞こえるほど緊張した。

しかし、顔は感情を隠し平静を装った。




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