第34話

その日から一週間、急に僕の仕事が忙しくなりヒカルの店に出向くことができなかった。


その間はメールでのやり取りと、ヒカルの仕事明け深夜一時頃から電話をして、その日の出来事など、他愛もない話を交わした。


その電話は時には朝方まで続き、寝不足で身体はフラフラになりながら出勤していた。

しかし、疲れるどころか、益々気力が充実してきて、仕事もはかどる気がしていた。


「明日は会えそうだよ」


その日の夜の電話でヒカルに告げると


「ホント!嬉しい。お店で待ってるね」


そういって言葉を弾ませていた。



翌朝、目覚めも良く、いつものようにラジオのニュースを聞きながら 朝食を摂った。


交通情報のあとに、MCの紹介で曲が流れていたが、突然、音楽が途絶え、MCがいつもの軽快なノリではなく、神妙な声で


「臨時ニュースをお伝えします。

先ほど、首相官邸が何者かに爆破されました。繰り返します。

先ほど、午前7時頃、首相官邸が何者かの手によって爆破されました。

首相の安否やケガ人などの詳細は不明です。

繰り返します……」


「まさか…」


達也、真智子、そして信二の顔が浮かんだ。

真智子からの手紙をもらって一月ひとつきが経とうとしていた。


始めは気になってはいたが、日常に戻ると仕事の忙しさやヒカルとのことなど、段々と彼らのことを思い出すことがなくなっていた。


ラジオでは様子がわからないため、すぐにテレビをつけ、NHKにした。

有事の時はNHKがやはり一番多くの情報を伝えてくれる。


ちょうど、現場に駆けつけたところを映し出していた。


確かに首相官邸が燃えている。真っ青な空に複数の箇所から黒煙が立ち上っている様子が映し出されていた。


周りには十数台の消防車と救急車、パトカーと、まさにパニックの様相だ。


記者が必死に状況を伝えている。


スタジオから質問を投げかけているが、そのやり取りもかみ合っていない。


ニュースを見てはじめて知ったが、首相官邸は国会議事堂のすぐ傍にあることや、新しい官邸は平成十四年に使用を開始していたことなど、あまり日頃関心がなく、知らなかったことを知った。


それにしても、どうやって爆破なんかできたのだろう。


そもそも、勝手に真智子たちの仕業と思い込んでいるが全く関係ないかもしれない。

心の中で自分の早合点はやがてんであることを祈った。


「いま、新たなニュースが入りました。犯行声明が犯人側から出た模様です。犯人の要求は……」


そう言ったきり、アナウンサーがスタッフと何か話し合っている映像が流れたまま、中断している。


「失礼しました。

犯人の要求は、現在少年院や鑑別所などに収容されているすべての少年少女の解放です。

繰り返します。

犯罪歴があり収監されている、あるいは少年院で更正中のすべての少年少女の解放です」


嫌な予感は的中した。

犯罪少年の解放。

こんな要求を出すのは彼ら以外にない。


ニュースに夢中になっていたがすでに家を出る時間が迫っていた。

しかし、このままの気持ちで仕事にいってもおそらく何も手につかないだろう。

そう思うと会社に連絡をして体調不良で休むと伝えた。


 引き続きニュースを見ているとさらに一報が入った。


「今また新たなニュースです。

何者かによって都内に電気を供給している変電所の設備が破壊され……」


そういった瞬間テレビが切れた。 

同時に部屋中の電化製品が止まった。

電気の供給がストップした。


急いで、押入れの奥に災害時に備えたリュックの中からラジオを取り出し つけた。

幸い電池は生きていて稼働した。


「ただいま入りました情報では、首相官邸の爆破に続き関東地区の主だった変電所が破壊され電気の供給が遮断されました。

私どもの放送局も自家発電に切り替えて放送を続けておりますが、いつまで情報をお伝えできるか定かではありません。 

できうる限りの情報はお伝えしていくつもりです。

繰り返します……」


「今新たな情報が入りました。……犯人からは、もし、この要求を呑まない場合には、今は首都圏に留めているこの状況を全国各地で起こす。

日本中で同時多発テロを起こすと言っています」


おそらく都内は大混乱に陥っているだろう。電気の供給が止まればあらゆる交通機関、信号なども止まるだろう。

当然車も大渋滞を引き起こす。

おまけに通勤時間帯だ。


達也たちはとんでもないことを始めた。

家にいてもラジオからの情報しか入らないので、その携帯ラジオを持って、家を出てみた。


家の周りはまだ何事もなかったような静寂さが広がっていた。


しかし、駅に向かうにつれ人が増し、それぞれに情報を得ようと、交番の警官に詰め寄ったり、駅に着くと止まってしまった電車について駅員と怒鳴りあってる人の姿をみた。


さらには、道路も車で溢れ出し、切れてしまった信号のため大渋滞になり、それぞれが勝手な方向へ向かおうとしているため、あっちこっちでクラクションの音と人々の怒声が鳴り響いていた。


パニックだ。


電気が遮断されただけなのに、都心の機能は全くマヒしてしまった。

とにかく、この事態を収拾するには、政府が、彼らの要求を呑むしかない。


それにしても、達也たちは今どこに潜伏しているのだろう。


急にヒカルのことが心配になり、気が付いた時には、ヒカルのアパートに向かっていた。


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