第28話


「そうだ、おじさんじゃなくて、名前、教えていただけます?お名刺とかありますか?」

「ああっ、名刺ね」


そういって内ポケットから名刺を出して、ヒカルに渡した。


「興和商事、営業二課、松木耕平さん。ですね」

「うん、商社っていうと聞こえはいいけど、小さな会社だからね。財閥系とは雲泥の差だけど」


「そんなことないです。しっかりした職業をお持ちなのはすごくいいことですよね」


妙なほめられ方をした。


「あ、もう少し聞いてもいいですか?」


うなずくと、


「えっと、本当のお年はいくつなんですか?」

「三十一だよ」


「えー、全然おじさんじゃないですよ。

しかも、見た目二十代ですよね。

もっと若いかと思いました」

「それはほめ言葉なのかな?」


「ほめ言葉です。

あたし大人な人がいいです。

でも、見た目は少年みたいな人で、中身がしっかりしてる人、好みなんです」


「おや、お店トークかな、やっぱり、接客うまいんじゃない?」


ちょっとからかってみた。


「そんなんじゃないです。

あたし、本気でそう思ってることしか言わないです」


ちょっと怒り気味だ。

でも、その言葉は信じられた。

先ほどまでの態度を見れば、今話していることがお世辞や上辺うわべだけのトークでないことはわかっていた。


「うれしいな。

じゃあ、見た目、ルックスは俺みたいなのはどう?」

「あたし、スーツ姿の男の人って大好きなんです。

スーツ着てるの見てるだけで、ポーっとなっちゃって」


「おいおい、それはスーツ着てればいいってこと?じゃあ、俺じゃなくても、あっちのおじさんたちでもいいわけ?」


わざと少し不機嫌そうに聞いてみた。


「あ、えーと、うまく真意が伝わってないですね。

えーと、好きです。松木さんみたいな人!」


ちょっと驚いた。

いきなり「好き」と言われて気分は最高に良かったが、勢い余って言葉がなくて感情をそのまま出した感じがかなり驚いた。


「あっ、ごめんなさい。 あたし、何いってんだろ。

あ、少し飲んでもいいですか?」 


「おっ、こりゃ失礼、何がいい?ビール?」

「あ、じゃあ、カクテルいただいていいですか?オレンジフィズとか……」


そういってサブちゃんにオレンジフィズを頼んだ。


「あ、うまく言えないんですけど、松木さんみたいな人はタイプです。

そういえば通じます?」 


また、笑ってしまった。


「あはは、うん、わかったよ。

大丈夫、気にしてないから、光栄だよ。

君みたいな若くて可愛くて歌の上手なコに好みと言われれば嬉しいよ」


そういうとようやくホッとした表情で、今きたオレンジフィズをクイッと一口飲んだ。


「あっ乾杯してないね」

「あー、ごめんなさーい。あたし、いっつも気が利かなくて、来るとすぐ飲んじゃうんです。ごめんなさい」


「あはは、いいよ、いいよ、俺ももう飲んでたし……、じゃあ、改めて、君との出会いに乾杯!」


そういってグラスを合わせた後に


「松木さんて女性に慣れてますよね?」


と思いがけない言葉が返ってきた。


「え?僕が?いやぁ、恥ずかしいけど、この歳まで、遊びってあまりしてきてないんだよね、だからそんな風に言われるのは初めてだな」

「ほんとですかぁ?だって、遊んでない人が『君との出会いに乾杯』なんてサラッと言えないですよ」


自分でいって今更いまさらながら照れくさかった。

正直なんでそんな台詞せりふが出たのか自分でもわからなかった。

ただ、本当にヒカルとの出会いを祝いたい気分だったから、自然に出た言葉だった。

そう、思ったことをヒカルに言うと、


「うれしい、です」


そういってにっこりと微笑んで再びグラスを合わせてきた。


「あたしも、松木さんとの出会いを祝して、乾杯!」


そのあと、数秒間お互いに言葉を交わすことなく見詰め合っていた。


「あらぁ、いい雰囲気じゃなーい。あたしはお邪魔かしら?」


蝶子ママが静寂を破って入ってきた。


「いやぁ、とんでもない、歓迎ですよ」


正直いいところなのに……。

という気持ちもあったが、この後のヒカルとの会話をどう続けようか、と迷っていたところでもあったので、蝶子ママの登場は絶妙のタイミングだった。


そのあと、三十分ほど、三人で会話を楽しんで、時計をみると九時を少し回ったところで、店を後にした。


帰り際、会計を済ませたあと、店の出口まで蝶子ママとヒカルが見送りをしてくれたが、蝶子ママの後ろで小さく手を振るヒカルが、すごく可愛く見えてママには悪いが視界にはヒカルしか入ってこなかった。

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