第26話

曲が流れ出した。

聴いたことのあるフレーズだ、確か椎名林檎がデビューした時のカップリング曲、そう、

『すべりだい』

という曲だったはずだ。


カラオケボックスと違い大きな画面とかがない手元のモニターで歌うカラオケだったが、ヒカルは歌詞も見ず、その唄いっぷりには驚かされた。


声の迫力、情感のこもった歌い方、そして音楽に入り込んだ恍惚とした表情、さっきまでこの席に座っておとなしく僕の話に受け答えするだけの彼女からは想像も出来ない姿だった。


店の手前に座っていたサラリーマン三人も思わず見惚みほれている。


曲が終わると期せずして三人組から大きな拍手が沸いた。

僕も釣られて拍手をする。

店の奥から蝶子ママが顔を出して同じように拍手をしていた。


「ヒカルちゃん、いつ聴いても迫力満点ね。この店の広さじゃもったいないわ、次は武道館でやってちょうだい」


唄い終わった当のヒカルはお辞儀もそこそこに小走りで席に戻ってきて、恥ずかしそうに顔を赤らめてBOX席のはす向かいに座りなおした。


「どうでした?あたしの歌、へた……ですよね」

「へた?何言ってるんだい。あれがへただったら、その辺のプロ歌手はみんなへたくそだよ。

すごいね。

話しているときの君とは別人だったよ。

マジでプロとかになれるんじゃないかな」


「そんなことないです……」


遠慮なのか、本心なのか、なぜこれほどまでに自信がないんだろうと不思議に思った。


「いや、本気で、ライブとかしていてプロの誘いとかくるんじゃない?」

「あたしなんかダメです。誰も気に留めてなんかくれません」


「ちゃんと見てもらったことあるの?オーディションとか受けてる?」

「受けたことは何度かありますけど、全然……あたしやっぱり才能ないんです……」


聞いててあきれた。

この歌声でこの自信のなさの理由が見つからなかった。


「自信持ちなよ、ありきたりの言葉しか言えないけど、真面目に君は歌でやっていけるよ。俺はアマチュアのバンド経験しかないけど、音楽は好きでそれなりに聞いてきてるからね。ボーカルのピッチやリズム感の良し悪しくらいはわかるよ。

君の歌声はほんとにプロで通じるよ」


「ほんとですか?」


急にヒカルの表情が明るくなり、嬉しさを顔一杯の表情で表していた。

言ってる僕もかなり本気モードで熱弁をふるっていたようだ。

マジでこのコの歌声は本物だと感じたから、そう言ったのだが、その気持ちが通じたらしい。


「嬉しいです。

お客さんはみんな『うまいよ』とかは言ってくれるんですけど全部お世辞に聞こえて、でも、今のお客さんの言葉は気持ちが篭ってる気がしました。

ありがとうございます」


そういってヒカルは深々と頭を下げた。


正直おもしろいコだなと思った。

普段の様子と歌を唄っている時のギャップがこれほどあることや、幼さと大人の女が同居したようなルックスに魅力を感じた。

そして、月並みだが、場末のバーに合う会話もした。

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