第22話

読み終わったあと、一番に感じたのはとても中学生の文体とは思えなかった。

それが正直な感想だ。

文の中身よりもそちらに関心がいってしまった。


二回読み返したところでようやく、深雪を殺した犯人の少年が真智子の組織に入ろうとして拒否されてその腹いせに深雪を……ということが理解できた。


しかし、意味が掴めてからも、怒りも憎しみもこの犯人の少年にも、もちろん真智子にも感じることはなかった。


文面には深雪の命を奪った重要なきっかけがそこに書かれており、本来なら警察にこの手紙を渡して、犯人の少年の動機、そして、先日の通勤電車爆破事件など、すべてこの子どもたちの組織が関係していて、そのアジトの場所もわかっていることを訴えることが当然の行動だと思う。


しかし、まったくそんな気にはなれなかった。

関わりたくはなかった、という気持ちも正直なところあったかもしれない。


しかし、それ以上に真智子やその他の子どもたちが組織する


『未来の子どもたちのために』


という闘いに水を差すことに気が引けた。


いや、むしろ、今の大人社会への反駁はんばくが今は大人であるはずの自分の中に残っていて、その心がどうしても

「彼らを売る」

気にはなれなかった。


手紙を真智子の言うとおり処分しようと灰皿の上でライターで火をつけて燃やそうとしたが、火に触れる寸前で思い止まり、燃やすことをやめて、自分の普段持ち歩くブリーフケースの内ポケットの中に隠した。


なぜそのようなことをしたか、今でもわからないが、そのときは


「この手紙を消してはいけない」


と何故か心がささやいたような気がした。



翌日いつものように出勤し、定時で上がると僕はなんとなく中野方面に足を向けていた。


総武線に乗って帰りとは逆方向に向かい、そのまま東中野で降りた。


たぶんこの辺りだろうと予測をしてそれらしいマンションに入り、


『確かこの階』


というところで降りて、


『確かこの部屋』


という一番奥まった部屋の呼びりんを押した。


しばらくして出てきたのは、水商売風の小太りの40代くらいの女だった。


怪訝けげんそうに僕を一瞥いちべつしたあと、 


「なぁに、セールスならお断りよ」


と今起きたところというような機嫌の悪い態度で言われた。


「いや、あのー、ここに子どもが住んでいませんでしたか?えっと、男の子二人と女の子一人なんですが、中学生と小学生ぐらいの……」


女は


「はぁ?」


という顔で、


「あんたどこかと間違えてんじゃないの、ここはもう10年も前からあたし一人だよ。

子どもなんていないし、あたしも生んだ覚えはないねぇ」


そういって少し馬鹿にしたような笑い顔で答えられた。


「そ、そうですか、失礼しました。

勘違いだったようです」


そう言って立ち去ろうとしたところ、女が


「ちょっと待って」


といって一旦奥に入り戻ってきて


「あんた、よく見ると結構いい男ね。

どう、うちのお店に遊びに来ない?

お店にはあたしよりも若い綺麗な子もいるわよ。

はい、これ」


と言って名刺を渡された。


クラブシンパシー「蝶子ちょうこ」と書かれた名刺を渡されて、ちょっと困ってしまったが間違えた手前、無下むげにするわけにもいかず、名刺を受け取った。


「待ってるわよ、お店は新宿の歌舞伎町の奥だから、西武線の沿いを歩けばすぐわかるわよ」


そういってウインクとも顔をゆがめたともみえる奇妙なしぐさをしたのち、その「蝶子」は部屋へと消えていった。


しばらくあっけに取られた僕はハッと我に帰り、そのマンションを後にした。


『確かあの部屋じゃなかったっけ?』


ずっと思い返して記憶を辿ったがどうしても思い出せなかった。

組織というくらいだからもう、アジトを移してしまったのだろうか?

それにしてもあの女は「十年も住んでいる」と言っていたし……なんだかきつねつままれたような、妙な敗北感と共に帰宅の途に付いた。

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