第23話

次の日仕事を終えるのが思ったよりも早かった。

このまま帰ろうか、とも思ったが、背広のポケットを探った時、昨日もらったクラブの名刺が出てきた。


『クラブシンパシー』


変わった名前だと思って、そこの住所を見てみると歌舞伎町の昔よく行ったクラブの近くだとわかった。


昨日味わった敗北感とそれを晴らしたい気持ち、そして、好奇心。

自然と足が新宿方面へと向いていた。



その店は雑居ビルの3階にあった。

同じフロアには3件店が入っていたが

『シンパシー』

は一番奥の角にあった。


カラン、カラン…


昔ながらの古いスナックのドアの音そのもので年季が感じられた。

中は少しだけ薄暗く、すぐに中が見えないように衝立ついたてのように壁があり、その奥に客を招くフロアがあった。


「いらっしゃいませ」


これも昔風な蝶ネクタイに白いシャツ、黒ズボンのボーイが出て僕を出迎えた。


「一名様で?こちらは初めてでございますか?」

「あっ、はぁ」


初めてと聞かれて「はい」と潔くも言えず口ごもってしまった。


「どうぞご安心を。

当店は明朗会計で初めてのお客様にも安心してお遊びいただける店でございますので」

「そ、そうですか?」


「どうぞこちらへ」


部屋はおよその広さで二十畳ほどだろうか、手前には赤いベルベットの生地で、この手の店によくあるソファーがボックス状に置かれていて、奥にもそれと同様のソファーが少し広めのボックスを作っている。

残りの席はカウンターで7席ほど。

こじんまりとした常連客ばかりがいそうな店構えだ。


客は入っていたが平日の7時過ぎということもあり、まだそれほどおらず、手前のボックスに3人組のサラリーマン風の年配の客がいただけだ。


でも、クラブという名前だけあってきちんと正装した女性が個々についていてその年配客の間、間に腰掛けて談笑していた。


奥の広めのボックスに通されたが、おそらく5人は座れるであろうボックスでは少々居心地が悪かった。


「ご指名は特にございませんよね?」


そう聞かれて確かにそうだが、と思ったが、口から出ていたのは


「あっ蝶子さん、います?」

と口走っていた。


「えっ蝶子ママをご存知で?失礼しました。すぐにお呼びいたします」


そういって少し慌ててボーイが奥の部屋に消えた。


もう一度周りを見渡したが、店の作りは本当にありふれていて、座っているボックスのすぐ横には少し古い型のカラオケが置いてあった。

おそらくあと小一時間もすると酔った客が唄い出すのだろう。


「あら?来てくれたの?うれしいわぁ」


蝶子ママがいきなり抱きついてきた。

少しきつめの香水の匂いに思わずむせそうになった。


「おほほほ、ごめんなさーい。まさか来てくれるとは思わなかったから、つい嬉しくて。何お飲みになる?」

「あっじゃあ、ビールを」


「了解!サブちゃん、ビールよ、大盛りでね」


笑っていいものか迷った挙句あげく笑わなかった。


「あらン、落ち着かない感じね。

大丈夫よ。

ぼったくりバーじゃないから、ビール一杯で5万円とか言わないわよ。

二杯飲んだら知らないけどね。おほほほ」


これまた蝶子さんなりのギャグなのだろうが、やはり笑えなかった。


「冗談よ、冗談、こういうお店は初めてってわけじゃないでしょ?」

「ええ、まぁ」


「じゃあ、普通よ普通、気楽に飲んで頂戴。はい、どうぞ」


そういってグラスにビールをついでくれた。蝶子ママの気さくな感じのおかげで少し気が楽になった僕は、注がれたビールを一気に飲み干した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る