第21話


それから、数日間、世間ではこの事件の話題で持ちきりだったようだ。


「ようだ」

というのは僕自身はあえて、テレビも新聞も見なかったため、どのような報道がなされ、話がどう展開しているかまったく知らなかったからだ。


あれからは笹本刑事からも何の連絡もなかったし、会社ではさすがに僕がいるのでその話題をおおっぴらに話す者はいなかったため、一切の情報はシャットアウトされていた。


そして何よりも、いくら世間が騒ごうが、犯人の少年の生い立ちや動機や人物像を並べられても、決して深雪は帰ってはこないからだ。


でも、しばらく時間が経つに連れ、そのことに触れないのは、それだけの理由ではないことを自覚していった。


確かに日に日に「あの日」の達也や真智子、信二の顔が浮かんで、その印象が強くなってくるのを感じていた。


『大人たちへの反乱。

今の大人たちがずっと見たくないものに蓋をしていった。

そのツケが、今の子どもたちに犯罪や虐待、自殺と言う形で回ってきたのだ』


達也や真智子が言った言葉を一つ一つ思い出していく。

大人たちが積み上げていった負の遺産。


外面的には


『子どもたちの未来のために』


とか、これからの子どもたちのために


『生きる力』


をとか、今の子どもたちを擁護する、守っていこうとするかのような体裁ていさいの良い言葉だけ並べて、その実、自分たちの団体の利益だけを守っているような大人集団が、この事件をさらに自分たちの主張が大事なことだというように声高に叫ぶようにメディアやネットなどを通じて一大キャンペーンを繰り広げていた。


こればかりは見たくなくても電車に乗るだけで中吊り広告にまで週刊誌や新聞の見出しが出されていたため、メディアから離れている僕にもわかった。


 『子どもたちに明るい未来を!!』


偽善とわかっていながら今の大人たちにはその言葉をみそぎのように唱えるしかすべはなかったのであろう。

 

 それから数日後、家の郵便受けに一通の手紙が来ていた。

封書を開けるとそこには可愛らしい犬の写真入の便箋が数枚入っていた。


 開くとそれは、真智子からだった。

どうやって僕の住所を突き止めたのか、後から思えば疑問に感じるはずだが、その時はひどく当たり前のような感覚でその手紙を読むことだけに気をとられていた。

 

松木耕平様


前略

突然のお手紙にて失礼いたします。

季節はもう夏に近づいていますが、いかがお過ごしでしょうか。

すでに数ヶ月近くになるとは思いますが、改めて、深雪様のことたいへんお悔やみ申し上げます。

一言だけ松木様に誤解を受けたくない一心で手紙を書かせていただきました。

この事件を起こした少年と私たちの組織とは何ら関係はございません。

いえ、正直を申し上げれば関係が皆無とは言い切れません。

この少年は私たちの組織に属することを欲していました。

しかし、彼は私たちの主義、思想とは程遠く、ただ人を殺めたい、その気持ちだけが強く、私たちの組織に属せば大義名分の下に「人殺しができる」

と言ってはばからなかったため、私たちは彼を受け入れませんでした。


その結果が……このような惨劇に及んでしまったことは私たちにとっても不本意のみならず、ある種の責任を感じている次第です。

あの時、少年を組織に受け入れていればひょっとすると、彼の心も変わりただ人を殺すことではなく

「未来の子どもたちのために」

闘う同志として育てることもできたかもしれません。


今となっては言い訳でしかございませんが、ただ一言松木様にはお詫びしたく、お手紙を差し上げました。

かえってご迷惑かとも存じましたし、そんなことは知りたくもなかったこと、とも思いましたが私の一存でお知らせしたい、いえ、お知らせしてお詫びをせねば気が済みませんでした。


松木様から見ればただの我儘わがままな娘が余計なことをしているとしか思っていただけないかもしれませんが、どうぞお許しください。


また、このお手紙はお持ちになっていると災いの元となりますので、お読みいただいたあとは、どうぞ破棄していただければ幸いです。

それでは、これから本格的な夏を迎えます。

どうぞくれぐれもご自愛くださいませ。


かしこ

真智子




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