第18話

会社では連絡を怠ったため、こっぴどく上司に絞られた。


もっとも電車の事件のことは大々的に報じられたため、それに巻き込まれたことは周知されていたので、それ以上のおとがめはなかった。


しかし、深雪の事件の次には列車テロと立て続けに不幸な目にあう自分のことを


「ついてないヤツ」


と陰口を叩く同僚もいたようだが、あの日の出来事は一切他言していない。


あれから数日、いつもの生活サイクルに戻った。


いつものように家に帰りシャワーを浴びて居間に戻ると留守電が入っていることに気づいた。

再生して見ると実家からだった。


「耕平、元気か?」


親父の声だった。


「母さんが寂しがってるからたまには電話くらいよこせ。ほんとに親不孝もんだなお前は」


その後ろでお袋が


「さみしいのはお父さんでしょ」


と言っていたのが録音されている。


「いいか、帰って来いとは言わんから電話くらいよこせよ。

じゃ、また……」


そこでガチャリと無造作に受話器を置く音で途切れていた。

いつもながら親父は不器用だった。

お袋が言うように僕に会いたいのは親父のほうだったに違いない。


昭和生まれの親父は高度経済成長期の申し子で、家庭を顧みず"男は仕事で名をあげる"という昔ながらの企業戦士だった。


会社を引退してもう5年くらいになったろうか、そろそろ親父も70の大台に差し掛かるはずだ。

幸い両親は一応は元気のようだった。


一人息子なんで早く結婚して孫の顔を見せろと直接は言わないが、暗にそのようなことを示すように実家に帰ると決まって親父は 


「彼女はできたか?

遊んでばっかいねえで、いい女早く捕まえろ」


というようなことを言われる。


お袋はそのようなことは一切言葉には出さず、こちらも決まって 


「ちゃんとしたものは食べてるの?

体壊したら何にもならないからねぇ」


といってこちらも本音は 


『早く嫁をもらってちゃんとした食事を作ってもらえ』


と言っているに等しかった。


一人っ子というのはこういうときにつらい面がある。

兄弟がいれば親の『愛情』も分散されるから、その分『期待』も分散される。

それが、し掛かってくるとさすがに重い。


もちろん、僕自身にも早く両親を安心させてやりたいという気持ちはある。

でも、こればっかりは自分だけの問題ではないし、今となってはその「嫁候補」もいなくなってしまったのだから、余計に気が重くなった。


とりあえずもう少ししたら電話だけは入れておこうと思い、いつものようにビールをあおって寝床に着いた。



早朝、まだ目が覚めないうちに電話の音で起こされた。


「もしもし、松木さんですか、笹本です。

市川署の、覚えてますよね」

「はぁ……」


まだ少し寝ぼけていた僕は適当に返事をした。


「朝早くに申し訳ありません。

実は深雪さんの、あの事件の犯人らしき人物が捕まったんです。

それで、大変ご足労なんですが今日、署に来ていただけませんか?」


まだ事態が飲み込めていなかったが、


「犯人が捕まった」


ということだけが頭の中で木霊こだました。


しばらく笹本刑事は時間のことや、署にきたら誰に声をかけろなどの指示をしたあと急に声のトーンを下げて


「あと、マスコミもかぎつけていますから、もしかすると巻き込まれてしまうかもしれません。

その点は十分注意して何も答えないでください」


マスコミの対応には僕も反感を持っていたので言われるまでもなくだんまりを通すつもりだった。


「それと……犯人なんですけど、驚かないでください」


そういって一呼吸おいた笹本刑事は


「犯人は子どもなんです。少年です」

「はっ?」


耳を疑った。


「十二歳の少年なんです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る