第14話


「おじさん……」


少年が何度か呼んでいたようだが、思いにふけっていた僕は全く気づかなかった。


「そろそろ歩ける?警察もきたし、次にマスコミが駆けつけるだろうから、そろそろここから立ち去ったほうがいいよ」


『マスコミ……』


その言葉が頭の中に一直線に突き刺さった。いきおい僕は立ち上がると、少年に向かい


「行こう!」


と言ってそのまま土手を川上に向って歩き出した。


少しあっけにとられていた少年は、僕が歩き出すのを見て、ニコッと微笑んで、あとからついてきた。


「おじさん、どうするの?まさかこのまま会社に行くの?」


その言葉で初めて自分が通勤途中だったことを思い出した。


「ん?あー、どうするかな、こんなずぶぬれで足から血を流している格好では会社にはいけないか……」

「ねえ、おじさん、僕らの基地に来る?」 


「基地?」


いかにも少年らしい発想だと思った。

悪いことをしている集団、テロ活動の本拠地なら、アジトというべきかとも思ったが、その少年の「基地」と言う言葉が妙に気に入ってしまって、特に反論はしなかった。


「ねえ、おじさんは何か信用できるんだ。

大人だけど僕ら子どもと同じ匂いを感じるんだよね。

よかったらおいでよ、みんなもきっと歓迎してくれるから」


そういわれて少し複雑な思いがした、

『少年と同じ匂い……子どもっぽいってことか……』

確かにいつも大人になりきれていない自分を認識していた。

というより、大人になろうと必死でをしていたのかもしれない。


「わかった。

その基地に連れていってくれるかい?」


なんだか妙に素直な気持ちで少年に言えた。


「もちろん!じゃあ、いこう!」


少年は急に子どもらしく、僕の手をとって前に進みだした。

はたから見るとさしずめわが子に手を引かれる父親に見えたかもしれない。


もっともずぶ濡れで血が混じった服を着ている父親はちょっと不気味かもしれない。


幸い雨ということもあり土手沿いは人が歩いていることはなかった。


土手から街中に入ったときもほとんどの人が傘をさしていたので直接顔を見合わせることはなかった。

もっとも何人かは僕と少年を振り返って見ていたが……



「おじさん、タクシー使ってもいい?」


少年が言い出した。


「ん?ここから遠いのかい?」

「うん、歩いているとちょっとかかってしまうから、いけるところまではタクシーで行った方が早いかなって思って」


「そうか、いいよ。幸い金は無事だから、その辺で捕まえよう」


そう言って大通りでタクシーを拾った僕らはそのまま少年の指示で、都内に向った。


基地などというからどこか山奥にでも行くのかと想像していたのを覆すようにそのままどんどん都内へ入り込んでいった。


飯田橋、市ヶ谷、信濃町…タクシーは、尚も新宿方面に向って走っていた。


「運転手さん、東中野ってわかりますか?」


少年が聞くと、


「細かいところまではちょっと……何せ千葉県内を出ることはほとんどないんで」


運転手が答えると少年はそのまま背もたれに体を預けた。

しばらくして


「運転手さん、東中野の駅はわかりますか?」

「駅ならなんとか」


「じゃあ駅までお願いします」

少年は言うと再び背もたれに体を預けしばらくすると少し微睡まどろんできたようだった。


眠気に何とか耐えようとしていても、まぶたが自然に閉じてしまい、それをまた何とか跳ね返そうとしている少年の姿はやはり子どもだな、と感じる光景だった。


しばらくしてつられて微睡んでいた僕に少年が


「起きて!そろそろつくよ」


いつの間にか起きていた少年から起こされてしまった。


「運転手さん、そろそろですよね」

「坊や都内は詳しいね。お父さんとよく来るのかい?」


やはり父親に見られている。


「はい、パパの仕事先がそこなんで時々待ち合わせたりするんで道も覚えちゃいました」


完璧な嘘だ。


しかも子どもらしい口調でさらっといってのけた。

少し先ほどのまどろんでいた少年の姿のときに思ったことを訂正したくなった。


「あっここで結構です。パパついたよ」

『パパ!』


すっかりパパにされてしまったがこの場ではもっとも自然な形だろうから、僕もできるだけ表情に出ないように何も言葉を発さなかった。


タクシーを降りて少年が再び手をつないで僕を引っ張っていった。


タクシーの中ですっかり服は乾いてきて、ついていた血の色もどこか土の色に近くなっていたので、外を歩いてもさほど気にならなくなった。


さらに雨も止んできたので、そのまま都会の人ごみの中にまぎれているとなんら違和感はなかった。

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