第12話

警察を後にした僕は時計を見た。

5時を少し回ったところだった。

あの場に3時間近くもいたことになる。


このまま会社に戻っても仕事などできそうに無いので、上司に電話をして今日はそのまま帰ることにした。


家の玄関前にたどり着いたところで、今まで夢と現実との間にいたような感覚だったのが、急に現実に引き戻されて手が震えて家の鍵を落としてしまった。


なんとか拾い上げて家のドアを開けた。


いつもなら深雪の


「お帰りなさ~い!」


という元気な声といきなり抱きついてきてキスをせがむ仕草はそこにはなく、暗く、何の音も無い空間がそこにあるだけだった。


自分で電気をつけて、自分で鍵を閉め、重たい足を引きずって、奥の部屋に進み、電気をつけて、自分で洋服を脱ぎ

(いつも深雪は夫婦気取りで僕の上着を脱がし、ポケットをまさぐって、

「あっ!コウくん浮気したでしょ!何このマッチは?」

と、ありもしないマッチを想像で見立てて“浮気発覚ごっこ”をするのだった)

自分で箪笥の中に服をしまった。


腹は空いているのだが、食欲が湧かず、冷蔵庫からビールを取り出すと、下着姿のまま一気に飲み干した。

そして、急にアルコールが回りだしたところで、せきを切ったように涙が溢れ出してきた。


「深雪、深雪……」


酔ってはいなかった。


でも、名前を呼ばずにいられなかった。


「なんで、なんで、お前がこんなことに……」


どこへもぶつけようの無い憎悪ぞうおの感情と深雪を失った深い悲しみとが交差して自分でも何を口走っているのかわからないが、何かを言わずにはいられなかった。



翌朝そのままの姿で目覚めた僕は、いつの間にか五、六本のビールを開けて泥酔してしまったことを知った。


少し頭が重かったが、すぐにシャワーを浴びて出勤の準備をした。


電車に乗っていてもどこか宙に浮いたようで、再び現実世界とは切り離されたような感覚がずっと付きまとっていた。


会社に着くと、早速上司に呼ばれ、奥の会議室で昨日の事情を聞かれた。


僕は警察での一部始終と、僕自身が事件と関わりがないこと、それを警察も分かっていることを上司に伝えた。


上司も


「そうか……」


と安堵のため息をついてそのあとお決まりのように


「まぁ、不幸なことには変わりが無いので、同情はするよ。

でも、仕事のことはきちんと頼むよ。

今君は仕事の上でも大事な時だ。

出世だって十分可能性があるからね。

期待しているよ」


そう言い放つと、戻っていい!という仕草をして会議室から出された。


「出世か……」


正直何の魅力もなかった。

深雪を失った今、何のために働いているのか、その意味さえわからない。

ましてや出世など全く興味もなくなってしまった。

自分にとって仕事自体をする意味さえわからなくなっていた。


「深雪……」


また深雪の笑顔が、色々な場面と共に頭の中を駆け巡っていた。

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