第8話
「どうぞ……」
と席を勧められ座ったところで、笹本刑事も向かいに座り、なにやら若い刑事に顔で合図をした。
若い刑事は僕とは後ろ向きに座り調書をとるようだった。
「まずは、お悔やみ申し上げます。お気持ちはお察ししますが、こちらも事件をきちんと解決したいと思っていますので、どうぞご協力ください」
物静かだが、どこか迫力のある言葉で、有無を言わさず協力しろ、という気迫が感じられた。
それによると、うちから一駅離れた商店街の裏路地で、殴られるなどの暴行を受けて倒れたところを首を締めらたようだと説明された。
また、
「着衣に乱れはありませんでした」
と暴行と聞いて僕の目の色が変わったのを察して説明を付け加えてくれた。
そんな気遣いをされても深雪が殺されたことに変わりはない。
例えようのない、怒りと悲しみとが入り混じり、この部屋にいる全員に殴りかかりたい気持ちだった。
そんな僕の気持ちを知ってか、知らずか、笹本刑事は努めて冷静に、ここからが大事、と言いながら
「まずは、今日は朝、深雪さんに何か変わったところはありませんでしたか?」
「いえ、いつも通り、僕は家を出て、いつもと同じ電車に乗って……」
「すみません。まだ落ち着いていらっしゃらないのは当然ですが。
念のために申し上げておきます。
私どもは松木さんがこの事件に関係があるとは思っていません。
あなたのアリバイはきちんと証明されていますし、我々は他の第三者が行なった犯行として捜査しています。
ですから、あなたの行動を伺いたいのではなく、深雪さんの様子を聞きたいのです」
少し気が動転していたのだろう。
また、刑事物の小説やテレビをダブらせていたのだろうか、まずは自分のアリバイを主張しなければと考えてしまったのだろうか、よくわからないまま、その日の自分の行動を話していた僕に笹本刑事は
「すみません。深雪は……今日はバイトが休みだったので、溜まっていた洗濯や部屋の掃除をすると言って、なんら変わった様子はありませんでした」
「そうですか、では、ここ数日で深雪さんの行動で何か気づいたことはないですか?
誰か松木さんの知らない人から電話があるとか、メールをやり取りしているとか?」
僕の知らない人?男の影を疑っているのか?そんなことはあるわけがない。
深雪は僕とラブラブだったんだ。
男の存在なんて……
笹本刑事の言葉に自分の頭の中で勝手に想像をめぐらしていた。
「いや、そのようなことはなかったと思います。
もっとも、バイトに出ているときまで逐一行動を見ているわけではありませんから、その時はわかりませんが」
少しムッとした感情をあらわにしてしまいながらも、そのときは恥ずかしさもなく、ただ、笹本刑事の無神経さに腹が立ってしまい、そのような応え方をしてしまった。
「そうですか。お気持ちはわかりますが……とても大切なことなので、できるだけ冷静に応えていただきたいのです」
何が冷静にだ!俺は冷静だ!
心の中で叫んでいた。
が、ふっとあることに気づいた。
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