第3話
「おじさん、大丈夫?」
しばらく少年の存在さえ忘れていたが、声をかけられた瞬間、
『この少年のおかげで助かった。この少年がいなかったら死んでいたかも』
と心の中でつぶやきながら
「だ、大丈夫。君は?」
と返答していた。
「僕は平気。怪我もしていないよ。おじさんは足から血が出てるよ」
さっき気づいた足の怪我を指摘されたが、まだ恐怖心の方が強く、痛みを感じない。
「早く病院に行ったほうがいいね」
まるで冷静に、"思い遣る"と言うよりは淡々と"するべきことをすべき"、というように少年は言った。
「あ、あぁ」
僕はそう答えるのが精一杯で、再び燃え盛る電車に目をやった。
僕らの他にも脱出できた人はいたようだが、見る限りは十数人で、いずれも燃えている電車から離れた場所で座り込んだり、呆然と立ちつくしていた。
その他の人はまだ、あの車両の中だと思った瞬間、再び身体に震えがきた。
「歩ける?おじさん?」
すでに立ち上がった少年は体育座りをして震えている僕を上から見下ろし、言った。
「あぁ、たぶんね」
少し強がって起き上がろうとした瞬間、足に電気が通るような痛みを感じた。
いったん起き上がったあと、崩れるように寝転んだ僕を見て
「動くの無理かな?」
「ん、ちょっと怪我してるみたいだな。もう少し休んでいいかな」
そういって僕はそのまま河川敷の濡れた芝生に寝転んだ。
雨は小降りになっていたが、寝転ぶとコート越しに水の冷たさを感じた。
しかし、興奮と恐怖で体が
「仕方ないね。もう少しここにいるよ」
そういうと少年は再び座り込み、僕のほうをじっと見つめた。
「いったい何が起こったんだ」
この少年に聞いても無駄な質問と知りながら、誰かに聞かずにはいられなかった。
しかし、次の瞬間、思いもよらぬ答えが少年の口から吐き出された。
「テロだよ」
「え?」
僕は何を言っているのかよくわからず聞き返した。
「テロ、報復、正確にはテロリズム、報復行動だよ」
確かに少年は「テロ」と言った。
中学生か、ひょっとすると小学校の高学年くらいの少年の口から「テロ」と言う言葉を聞いて、違和感を感じた。
しかし、いまどきはテレビのニュースでも「テロ」と言う言葉は普通に使われてるから、日常では起こりえない事態が目の前で起こったことで、それが子どもの想像力を掻き立てて「テロ」という知っている単語を使ったのだろう。
「テロか……そうかもしれないね。
日本も海外に派兵するようになったし、どこかの国に恨まれて、報復にあったのかもしれない……」
僕がそういうと、
「ちがうよ。
テロだけど、海外の組織とかじゃないよ。
国内の組織だよ。
日本人のやったことだよ」
少年の言葉に耳を疑った。
少年が言っている意味が2,3秒飲み込めずに、頭の中で解析していた。
「どういうこと?なんでそんなことが君にわかるの?」
答えなんか出るわけはないのに、そう聞かずにはいられなかった。
「だって……僕がやったんだよ」
『僕がやったんだよ』___
単純な言葉なのに意味がわからなかった。
『なんて言ったんだこの子は?』
確かに聞いた言葉をそのまま理解すれば
"この少年がやったんだ"
ということなのだが、どうしてもそう考えることができなかった。
そして、しばらく沈黙しながら
『そうか、この子は恐怖のあまり、自分がやったことで、納得しようとしているんだ。
確か大学時代に心理学で習った気がする。
自分がやったことではないのに、パニックに陥ったときそれを自分のせいにして、その起こったことを理解することで安心感を得る。なんていったっけ・・・投射。いや、ちがうなぁ』
冷静に考えようとしている僕の頭に遠慮なく別の言葉が割り込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます