飛行機を見送る

コオロギ

飛行機を見送る

「何の不安もない」とJは云った。

 持ち物を最小限にとどめたというカバンはぱんぱんに膨らんで、いったい何が詰まっているのかと問えば「石鹸」だという。

 なんでまたそんなものをと私が胡乱げに見つめると、家に溜まっていたものを片っ端から集めてきたのだと、Jは誇らしげにぽん、とそのカバンを叩いた。

「石鹸くらい現地調達できるだろうに」

「もったいないだろう。これを機に使い切ってしまうんだ」

「それが目的か」

「それも目的だ」

 少し分けてやろうとせっかく詰めた荷物を解こうとするのでそれを全力で止め、「なんでだ」「いらん」の往復を繰り返していると乗っているバスがひと際大きく跳ねた。

 あと五分ほどでターミナルに着くらしい。

 他の乗客たちがごみを片づけたり、荷物をまとめたりと降りる準備をし始める。

「ほい」

「うわ」

 車内の様子を確認していた僅かな隙をつき、Jが私の上着のポケットに石鹸をねじ込む。

「もー」

「ふふふふ」

 Jは満足げな笑顔で、その大きなカバンを背負い込んだ。


「じゃあ行ってくるわ」

 軽くそれだけ言って、Jは搭乗ゲートをくぐっていった。

 やはり振り返ることはなく、その巨大な荷物と化した奴はさっさと歩き去って、すぐに見えなくなった。

 達者で。

 仕方なしに心の中で呟き、心の中で手を振った。


 飛行機が着いたら連絡すると云っていたJから一向に連絡が来ず、とうとう三週間が経とうとしたところで「さすがにこれはまずいのでは」とJの飼い主に電話をしたところ、三日前に手紙が届いており、さらにはもっと前から定期的に連絡が入っていたことを知り、久しぶりにまともに腹が立ったので、その後来た「すまん」という留守電からひと月ほどJからの便りを無視し続けるのだけれども、それはまだもう少し先のことであり、Jがねじ込んでいった石鹸をごしごし使い続けすべて溶けてなくなったころに私がJへ返事をするのは、それからさらに後になってからのことだ。

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