第2話 奈央と僕
二~三日、僕はぼんやりとしていた。
どんなに記憶をたぐろうとしても、自殺の動機が思い出せない。ぽつぽつと浮かび上がってくるのは、奈央と出会った高校生時代の思い出や、社会人になって籍を入れた時のこと。そして、僕たちの今いるこの島とコテージが、新婚旅行で奈央と行ったモルディブによく似ていることに気付いたのだった。
「つらいことは全部忘れてから天国に来いってことなのかな」
僕は、ここに僕を呼んだ神様の意図が分からないでいた。
砂浜をぶらぶらと散歩している僕を、コテージから奈央が呼んだ。
「竜也ーっ、ご飯できたよーっ」
コテージのテラスで食べる奈央の焼き飯は絶品だった。
「うまい、うまい」
僕はがっついて口にほおばる。
「ちゃんと噛みなよ」
奈央が微笑みながら、僕の口元をぬぐう。
「奈央の焼き飯は、昭和の懐かしい味がする」
とんちんかんな僕の感想も、うれしそうに頷きながら悪態で返してくるのが奈央だった。
「平成生まれが何言ってんだか」
僕らが出会ったのは高校生の時だ。
奈央が一つ上の生徒会長で、僕は運動部をとりまとめる運動部会長だった。予算で大もめして文化部会長と一触即発だった時に、奈央が大岡越前のようにきれいに解決してくれた。その鮮やかさに惚れ込んだ僕は、半年間、奈央に告白し続けたのだった。
美人で聡明で、人の上に立つために生まれてきたかのようなオーラを持つ奈央は、校内の人気者だった。そして僕みたいな脳筋野郎が大嫌い――なはずだった。なのに、あるとき突然、告白にこう返事をしたのだ。
「付き合ってもいいよ」
〝氷の女王〟という異名さえ持つ奈央を恋人した僕は、一躍校内で有名になった。僕はイケメンでも何でもないし、ただ少しガタイがよくてバスケがうまいだけの男だ。それなのに、どうして僕を受け入れてくれたのか分からなかった。尋ねてみたら「断るのが面倒になった」と、なんだか奈央らしい理由だった。
奈央が進学した一流大学に僕も行きたくて、必死に勉強した。晴れて進学して、大学の近くで二人暮らしをすることにした。そのころには親にも挨拶し、二人が社会人になってまもなく、僕らは結婚した。身体のラインを強調する細身のウェディングドレスを着た奈央は、世界中どの花嫁よりも綺麗だった。
水平線に夕日が沈むのを、テラスからぼんやり眺めていると、奈央がグラスと白ワインを持ってきた。
僕はまだ夢の中にいるような気持ちで、それを喉に流し込む。よく冷えていた。
「なあ、奈央。僕、なんで自殺なんかしたのかな」
あかね色の空が鈍色に変わっていく。
「さあ、変なクスリでも飲んでラリっちゃったんじゃないの?」
奈央一流の返事がなぜか心地いい。油断したせいか、ふと不安を漏らしてしまう。
「この百日間の猶予が終わったら、僕は本当に死んでしまうのかな……そうしたら、奈央とももうお別れなのかな」
奈央はワイングラスをテーブルに置いた。背中から僕の腰に手を回す。額が僕の僧帽筋にひんやりと触れる。
「本当に、あんたは馬鹿ね……」
「ごめん……奈央、ごめんな、一人にしてしまって」
鼻の奥がツンとする。どうしてこんな最高のパートナーを置いて、僕は自殺なんかしてしまったのだろうか。奈央の言うとおり、僕は本当に馬鹿野郎だ。これだから脳筋野郎はだめなんだ。
奈央は僕を振り向かせると、長いまつげに縁取られた瞳で僕をまっすぐ見つめた。
「いいの。そんな馬鹿が、私は好きなの!」
そう言って、僕のTシャツを引っ張ると唇を重ねてきた。
「奈央……!」
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