魔人の手記②
蒼星があまりの勢いに気おされたじろいでいると、見かねたエルサが立ち上がり大声を張り上げた。
「え、父を・・・? どういう事だ?」
男はエルサの声にたじろぎながらも、まだ信用しきれていないようで訝しい視線を向けてきた。
「こらアルト! あなたお客様に何を! この人達はお父様の事でわざわざ来てくださったのよ」
「か、母様、でも」
「でもじゃありません! 謝りなさい」
「で、でも」
「あ・や・ま・り・な・さ・い!」
「・・・すみませんでした」
アザリエがのび太君のお母さんさながらの勢いで言うと、男も観念したのか落ち込んだ様子で頭を下げた。
その頭髪は赤毛交じりのブロンドで、紛れもなく彼がドラグニアとアザリエの間に生まれた子であることを物語っていた。
「ごめんなさい二人とも、この子が息子の・・・セト・アルトです」
アザリエは、まるで自分の犯した失態とばかりに深々と頭を下げて見せた。
「い、いえそんな、急に押しかけてしまったのは俺たちです、どうか気にしないでください」
蒼星はあまりの勢いにあっけに取られながらも、はっと我に返って頭を下げ返した。
青年は身長が高く、年齢は蒼星と同じぐらいに見えたが、そのキリッとした眼差しは何処かドラグニアを思わせるものがあり、強い意志が感じられた。
「えっと、初めましてアルトさん、アザリエさん、俺はドリアードにあるディケーの町で死刑執行人をしている、遊佐蒼星と申します」
「死刑・・・そうか、こんなに早く」
アルトは死刑の言葉を聞いた瞬間、うなだれる様に椅子に座り込むと、俯きながら拳を強く握った。
その様子を見た蒼星は、今にも心臓が握りつぶされてしまう様な感覚を覚えたが、自らに課せられた使命を思い返し言葉を続けた。
「・・・俺は、ここにあなたたちを迎えに来ました」
「・・・え?」
蒼星の言葉に今まで膝をついてアルトに寄り添っていたアザリエの瞳から、一筋の小さな雫が流れ落ちた。
「ご、ごめんなさい私ったら」
アザリエは掛けていたエプロンでそっと頬を拭うと、静かに次の言葉を待った。
「俺は、死刑執行人としてあのおっさん、ドラグニアと会い、彼の【一番成し遂げたい願い】を見ることができました」
蒼星の言葉に、二人とも少しあっけに取られた様な表情をしていたが、蒼星は構わず話を続けた。
「そこで見たものは、彼とその家族が幸せそうに笑う姿、残して来た家族への想い、最後にもう一度だけ家族に会いたい、そう願い大きな肩を震わせるあの人の姿でした」
「・・・とうさん」
堪えていた思いが溢れ出すように、アルトは手の平で顔を隠しながら大粒の涙を流した。
「そして俺は、必ず願いを叶えると誓いここに赴きました」
「・・・また、あの人に?」
「・・・はい」
アザリエは、今にも消え入りそうな声で蒼星に問うと、アルトと一緒に声を上げて泣き、しばらくして『ありがとうございます』と深々と頭をさげた。
「ふぅ、ごめんなさいこんなはしたない所をお見せして」
しばらくすると、少し落ち着いたのかアザリエが頭を下げながら言った。
「いえ、ただ俺には一つ疑問があります」
「・・・ぎもん?」
「はい、ほんの少し話をしただけとはいえ、俺にはどうしてもあの人がドリアードで言われているような、非情な行いをする人間には思えないのです、そして俺が此処に来たもう一つの理由は、ドラグニア・ラルスが犯した罪の真実を暴く事です」
「・・・少し、待っていて頂けますか?」
アザリエはそう言うと、2階へと向かい暫くすると一冊の本を手に降りてきた。
「お待たせ致しました、こちらが主人が戦場で付けていた手記になります」
そう言うと、アザリエは蒼星にそっと本を手渡した。
「此処にすべての真実が記されています」
そう言ったアザリエの瞳は覚悟に満ちていて、蒼星は静かに息を呑んだ。
部屋には暖炉の明かりが煌々と照っていて、蒼星の顔を痛いくらいに暖めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます