魔人の怒号

我々公国軍がこのサスエルの村を占拠して、早1年が過ぎようとしていた、


 相変わらずこの村の冬は厳しく、夏場にため込んでいた野菜や肉の塩漬けなどの保存食がなければ、とっくの昔に干乾びていただろう、


 我々がこの村に来た時は敵視していた村人たちとも今は打ち解け、村長のベネットとは今では互いに親友と呼び合える仲になっている。


 村長の娘エルサは、私の事を叔父様と呼び慕ってくれていて、顔を見るたびに故郷に残してきた我が息子アルトと妻アザリエを思い浮かべては、早々にこの戦争に決着を着けなければと気が早ってしまう。


 だが、最近になって兵士の中できな臭い噂が流れている様で、真偽の程は分からないがどうやら戦争が長引き国内の需要が落ち込む事を懸念した一部の過激派貴族たちが、全面戦争に発展させ総力戦に持ち込もうと画策しているというのだ、


 もしそのような事になったら、このサスエルの町のみならず、エルサドル公国内の都市までも瞬く間に火の海と化してしまうだろう、それだけは何としても阻止しなければならないのだ、


 その為私はこの1年を掛け秘密裏にドリアードの国境警備部隊長と繋がり、既にドリアード法務大臣の朱印が押された和平合意書を手に入れることができている、


 なんとしてもこの戦争を一日でも早く終わらせるため、終戦協定を結ぶべく近く国王様へ謁見を申し出る考えである。


 1905年 冬 ドラグニア・ラルス

 

「ドラグニア少将どの! 伝令より報告が! 入ってもよろしいでしょうか」


「ああ勿論だ、どうした?」


 ドラグニアが手記を書き終えるとほぼ同時に、慌てふためいた様子の兵が息を切らせながら現れた。


「は、はい! 失礼いたします、ただいま本国伝令より通達があり、未確認ではありますがここより北方200キロ地点にてエルサドル公国軍、ドリアード軍両国による交戦が発生している模様!」


「なんだと! なぜ今になって急に、まさか過激派が?」


「しょ、詳細は不明ですが恐らくは、伝令の話によれば先日過激派貴族が嘆願書を持ち国王へ謁見したとの情報も入っております」


「くそがっ!」


 ドラグニアは、感情のままテーブルに並べられていた羊皮紙を払いのけ両手をついた。

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