見つからない人②
「あのー、すみません、ちょっとお聞きしたい事があるんですが」
「ん? なんだい少年」
「この辺りで『ドラグニア』さんって名前の方はいらっしゃいませんか?」
「ドラグニア? いやー、そんなお偉いさんみたいな名前の人間は、こんな田舎にはおらんよ、貴族の人を探すんなら首都にでも行ったらどうだい?」
「そうですか、分かりましたありがとうございます」
「はぁ、今ので20人目か」
蒼星は各所で聞き込みをしていたが、開始から数時間が経っても『ドラグニア』の家族の所在を知っているものはおらず、皆同じような回答が返ってくる状態だった。
「せいとー」
「あ、エルサ!」
少し離れたところから、エルサが小走りで向かってくるのが見え、何か成果があったのかと期待した。
「どうだった?」
「んー、全然ダメですね、どの人に聞いてもドラグニアって名前を出すだけでそんな高尚な名前を持ってる人間は居ないとか、貴族が居るわけないだろとかばかりです」
「はぁ、やっぱりそっちもかー」
「あの、もしかしたらなんですが」
「ん?」
「叔父様の奥様は、叔父様が生きている事を知らずもう別の相手と結婚していて名前が変わってる・・・とか?」
エルサは少し申し訳なさそうに言うと、蒼星のとなりに座り肩を落とした。
蒼星は考えてもいなかった回答に少し困惑した、
でもその可能性だって十分にありえるんだ、戦争が終わってもう数年は経過しているし、夫を失い辛い思いをしている中誰か別の人に頼りたくなる事だってあるはずだ、
でもドラグニアのビジョンを見てから今まで、蒼星はそんな事全く考えていなかった、
というよりあのビジョンの中に居た幸せそうな家族は、当たり前の様におっさんの帰りを待っていて、もう帰らぬ人と知りながらも心を強くして生きているものだと、そう思っていた。
「くそったれ」
蒼星は、自分が自然とそんな風に考えていた事が嫌でしょうがなかった、
日本に居る時あれだけ嫌っていた『愛情』というものに、いつしか自分がすがっていた事が、悔しくてしょうがなかったのだ。
「大丈夫ですか? 蒼星」
エルサは少し心配そうな眼差しを向けると、優しく蒼星の肩に手を置いた。
「ああごめん、大丈夫」
蒼星は気づかれないようにスッと体を傾けエルサの手を避けると、静かに立ち上がった。
「よし、その線を考慮して聞き込みを続けよう」
「・・・わかりました」
エルサは少し寂しそうに自らの手の平を見ると、ギュッと握り締め立ち上がった。
「お前さんらかい! この村で『ドラグニア』を探し回っているってアホどもは」
「えっ」
突然後ろから罵声を浴びせられ、蒼星が驚いて振り向くとそこには息を切らせた老婆が立っていて、鋭い眼光でこちらを見ていた。
「えっと、はいそうです、俺は法治国家ドリアードの役人で罪人ドラグニア・ラルスの家族に会う為にこの村に来た・・・死刑執行人です」
蒼星は突然浴びせられた罵声に反発するように、少し強めの口調でそう言った。
「執行人・・・そうか、それなら」
老婆は辺りをキョロキョロと見渡すと、消え入りそうなか細い声で話を続けた。
「あんたが今言ったドラグニアって名前はね、この国じゃ貴族にしか名乗る事が許されていない名前なのさ、
そしてあんた達が探している方々は、国から汚名を着せられ無念のまま異国に罪人として売られた、
元英雄のご家族だよ、その方々は今でもあのお方の帰りを」
「ゲニス! 待って!」
老婆の言葉を遮るように、蒼星の後ろから女性の声が響いた。
「あぁ、奥様! 申し訳ございませんこのような」
「ううん、良いの、ありがとう気をまわしてくれたのね」
「あなたは・・・」
蒼星は、近づいてくる女性の姿を見て彼女が何者であるかをすぐに理解した、少しやつれた様な印象はあるものの、その美しいブロンドは健在で、そこに立っているのは間違いなくドラグニアのビジョンで見た彼の妻だった。
「初めまして、私はこの村でしがない農場を営んでおりますセト・アザリエと申します、旅の方々詳しい話は我が家で伺います、どうぞあちらへ」
アザリエは凛とした表情で言うと、蒼星達を促すように丘の上の家を指さした。
「・・・わかりました」
蒼星は早くなる鼓動を抑えようと静かに頷くと、立ち上がり彼女について歩いた。
「せ、蒼星、もしかしてあの人が?」
戸惑った表情を浮かべるエルサに向かって静かに頷いた。
ディケーの町を出てから6日間、漸く対面する事ができた目的の人物を前に蒼星は少なからず高揚していた、
だが同時にセト・アザリエと名乗ったこの女性から告げられるであろう魔人の罪状の真実を知ることで、自分がドラグニアの死刑執行に対して正常な判断ができなくなるのではないか、という恐怖を強く感じた。
「ふぅ・・・えっ・・・なにこれ?」
蒼星が不安を紛らわそうと溜息がちに天を仰ぐと、空には見たことも無い様な美しい星空が広がっていて、
360度に渡って輝く星々を見ると何だか自分なんかが抱えている悩みなんて、ひどく小さくて馬鹿らしいものなんじゃないかと思えてきた。
「ははっ・・・いつか、ラナにも見せたいな」
「ん? 何か言った?」
「な、何でもない、行こう」
つい口をついて出てしまった名前に頬を紅潮させながら,蒼星はエルサに気づかれまいと食い気味に答えた。
そして気が付くと、先ほどまでの緊張がウソのように収まっていて、蒼星は自分の単純さが少し可笑しくなった。
「流石っす、ラナさん」
ディケーの町はここから数百キロは離れていて、こんな独り言が聞こえるわけは無いのだけれど、
蒼星は心の何処かでラナに自分の声が届いている様な、そんな気がしていた。
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