白狼という男②
本来であれば、ここまで完璧に敵の裏をかく事が出来たなら、目の前の敵兵の殲滅はもちろんのこと、そのまま背後を取ったラルスの大隊へ強襲を掛ける事も可能だったはずだ。
そうなれば公国は国境の戦力を一気に失う事になり、白狼はこの戦争までも有利に運ぶ事が出来た、だが奴はそうしなかった・・・
理由は分からない、何故敵兵のはずの奴がその様な事を行ったのか、もしかしたらラルスの知りえない何か大きな目的があっての事だったのかもしれない、だがそんな事は今はどうでも良いのだ、結果としてラルス達大隊の損害は、ブレード100振りと甲冑その他防具類のみ、人的被害は皆無に抑える事が出来た、それはもはや奇跡としか言いようの無い事だった・・・
ラルスは静かに深呼吸をすると、渾身の力で天に向かって声を放った。
「白狼よ! 聞こえているだろうか! 今から私は重大な軍規違反を行う! この事が外部に漏れれば、私は軍門裁判に掛けられ、即刻死刑に処されるだろう!
だがそんな事よりも! 今この時貴様に伝えなければいけない事がある・・・白狼よ、我がエルサドル公国の敵ドリアードの将軍よ・・・」
ラルスは限界まで息を吸い込むと、力の限り叫んだ。
「ありがとう! 我が兵の命を繋いでくれて、ありがとう! 一人の男として心より礼を申し上げる!」
そう言うと、ラルスは誰に向かってでもなく只真っ直ぐに頭を垂れた。
「・・・」
無論、誰からの返事も得る事は出来なかったが、ラルスが頭を下げたその一瞬少しだけ、森の木々がざわめいて見えた。
「・・・大隊諸君!」
「はっ!」
「我々は敵兵に情けを掛けられ、あろうことか将たる人間がその敵兵に感謝の言葉まで述べる始末・・・この様な事を公国は許さん!」
「はっ!」
「よって、我らドラグニア大隊はたった今より・・・3日間の断食を行う!」
「はっっ!」
兵たちはわざとらしく敬礼をして見せたが、皆一様に顔がほころびかけていた。
ラルスはふっと微笑を浮かべると、大隊に背を向け拠点へと向かってゆっくりと歩き出した。
その瞳にはかすかに安堵の滴が漂っていた。
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