日常の風景②
「よ、よーそこのお兄さん、ちょっとウチの店も見ていっておくれよ」
蒼星がCIAの本拠地では無い方のラングレーについて考え込みながら歩いていると、突然路地裏から呼び止められた。
「ん?・・・なんですか?」
「おにいさん・・・もしかして執行人の方かい? それならいい上物があるんだ、ちょっと見ていってくれないかね?」
蒼星が振り返ると、そこには初老の背の低い男性が立っていて、蒼星の山吹色のローブを指さしながら自分の店へと誘導してきた。
「・・・何を売ってる店ですか?」
蒼星は少し訝しみながらも、そのまま無視はせずに男に確認した。
「おや、お客さんもしかして初めてかい? それなら一回は見てみないとね! ほらほら!入った入った!」
蒼星が反応を見せた事を好機と見たのか、男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら蒼星を半ば無理やり店内へといざなった。
「え・・・な、何これ」
蒼星が薄暗い店内に入ると、そこはほんの10帖ほどの空間の中に枯れた植物の様なものやら、現実世界の化学の授業で使った様な怪しい器具類が所せましと並べられていて、いかにも悪さを働いていそうな目つきの悪い大男が、カウンターの向こうで不機嫌そうに座っていた。
「これって・・・なんの店ですか?」
この店が怪しい店だという事は分かるものの、いったい何を販売している店なのか判断が出来ず、蒼星は再び店主に尋ねた。
「おや、まだお気付きでない? へへっ、ここはねー、仕事や過酷な日常に疲れた方々を癒すための【魔法の薬】を販売している店ですよ? へへっ、お客さんお疲れでしょう? この薬を使えば立ちどころに疲労は吹っ飛び、この世の嫌な事から解放されますよー?」
「え・・・それって麻・・・すみません失礼します!」
蒼星は、店が何を取り扱ってるのかに気が付くと、すぐさま店を出ようと踵を返したが、その瞬間店の扉が勢いよく開いた。
「えっ!?」
「動くな!! 法務大臣直轄公安局である! 今よりこの店の捜索を行う! 終わるまでネズミ一匹たりともこの店を出る事は許さん!」
蒼星が店を出ようとした瞬間、軍服の様な黒い制服を着た男たちが店の中へ踏み込み、その中のことさら偉そうなマントを羽織っている男が声高に言うと、男たちは一斉に店の中に居た人間を包囲した。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 俺は強引に店の中に入れられてっ!」
「黙れ貴様! そんな子供だましの言い訳が通ると思うな! 良いから黙って言う事を聞け!」
マント男は手に持っていた警棒の柄で思い切り蒼星の額を殴打した。
「っつ!」
蒼星はたまらずその場にしゃがみ込み、額からポタポタと落ちる液体を止めようとこめかみをグッと押さえながら、何とかこの場をやり過ごそうと対話を試みた。
「・・・っとね、あんたらにもわかる様に説明するけど・・・まず俺はまだこの町に来てから2週間で、この辺りの土地勘もなくてこの店が何を売ってるのかだって知らなかったんだ・・・その・・その証拠に俺は怪しい物は何も持っていないし・・・この店でも何も購入していない・・・ヤバイ店だって気が付いて店を出ようとしたら・・・いきなりあんたらが踏み込んで来たんだ・・・なんなら身ぐるみ剥いでみろ・・・すぐに・・・わかる」
朦朧とする意識の中、蒼星は必死で自らの無罪を主張した。
「ふんっ、貴様の様な人間の戯言などに誰が聞く耳を持つか! もう良い、連行し」
「ふーん・・・ちょっと待ってもらえますか?」
必死の説得もむなしく、マント男が強引に蒼星を連行しようとした瞬間、いつから居たのか分からない黒いシルクハットをかぶった英国紳士風の中年男性が、突然マント男の言葉を遮った。
「へっ、閣下! な、何故このような所に!?」
「ちょっと散歩ですよ、散歩」
驚いたマント男を他所に、軽やかな口調と歩調で、英国紳士風の男は一歩ずつ蒼星に近づいて来た。
「・・・なっ、なんだ・・・あんた」
消え入りそうな意識の中、蒼星は事の顛末を見極めようと真っ直ぐな瞳で男を見た。
「貴様っ! 今目の前におられるこのお方は! 法治国家ドリアードの初代法務大臣! アストラル・オース様だぞ!」
「はい、そうなんです♪」
蒼星は混乱する頭を振り絞って、この世界に来た初日に見た資料に書かれていた内容を思い出した、法治国家ドリアードは王の居ない国・・・首相は法務大臣・・・つまりこの国のトップは、いま目の前でこの場に似つかわぬ柔らかい笑顔を浮かべているこの男その人だった。
「ふんふん・・・では君が例の・・・キール君、彼を釈放し直ぐに病院に連れて行って下さい・・・彼は無罪です」
「は、はっ! 畏まりました閣下! 直ぐに!」
マント男は態度をコロッと変えると、直ぐに部下たちに指示を始めた。
・・・いや、どうなってんだこれ・・・てか助かったなら何でもいーや・・・そろそろ限界・・・だ。
消え入る意識の中、蒼星が最後に見た物は、先ほど蒼星に向けた優しい笑みとは対照的な氷の様な表情で、店内に居たものの連行を指示する大臣の姿だった。
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