日常の風景

「ん・・・んー、ふぅ」


 朝日が6帖一間の部屋に差し込み、蒼星の顔を明るく照らすと、蒼星はうつらうつらしながらもゆっくりと起き上がった。


「あー、顔洗わなきゃ」


 蒼星はベッドへの名残惜しい気持ちを奮い立たせ、しぶしぶ中庭に出ると冷たい井戸水で顔を洗い、眠気眼をこすりながら歯磨きをする。


「はよー、昨日はよく眠れたか?」

「あー、うんまぁまぁかな、出来れば部屋に水道が欲しいところだけど」

「水道? なんだそれは」

「あー、良いのこっちの話」


 蒼星が歯を磨いていると、同じく眠気眼を擦りながら同僚のリゲルも隣で顔を洗い始め、雑談をしながゆっくりと支度を始める、蒼星がこちら側に来てから早2週間が経過し、蒼星にとってもこの流れが朝の日課になりつつあった。


「そういえば、蒼星今日は非番だったか、何か予定はあるのか?」

「あーそうだね、今日はちょっと町の方を見て回ろうかと思ってるよ」

「そうか、この辺りは治安が良いが、町もダウンタウンの方はまだまだ治安が安定しない地域もあるから気をつけろよ?」

「うん、おーけーありがと」


 リゲルはこの世界の事を何も知らない蒼星を気遣って色々とアドバイスをしてくれる、きっと元の世界にいたらそういうお節介は全部鬱陶しいと感じてしまったと思うが、とにかく右も左も分からない状態の蒼星にとっては、リゲルのちょっと行き過ぎたくらいのお節介もありがたく感じる事が出来ていた。


 この2週間の間、蒼星は自力で帰る術を見つける為出来るだけ多くの情報を集めた、蒼星のいるこの国はエスカと呼ばれる大陸にあるドリアードという国で、蒼星が居るのはそのドリアードの首都にあたるディケーという都市だという事、そしてドリアードはまだ建国してから20年足らずの国で、元々は8つの王国だったのだが長い戦争の末平和の為に意思を統一し現在の形になったという事がわかった。


 まぁ様は今の所何も手掛かりは無いってことで、とにかく何とかしてまたあのクソガキの居る場所に行って、あいつに元の世界に戻してもらうしかないってことだよな、でも本当にこのまま執行人を続けてれば、俺をこの世界に呼んだヤツに会う事ができんのか? 向こうも俺の事知らないみたいだし、もしどこかで会ってもお互い気が付かないんじゃないかな・・・はぁ、もう本当俺の人生ハードモードすぎん? 俺はもっとこう自分は何もしてないのに双子メイドの片割れの女の子に好かれたり、その子から『蒼星くんがいいんです、蒼星くんじゃなきゃ嫌なんです!』とか言われてまたゼロから人生始める事を高台の上で誓い合いたいんだけどなー、もう本当、鬼がかってますね♪


「はぁ、行くか」


 蒼星は支度を終えると、山吹色のローブを頭からかぶり宿舎を後にした。


「とりあえず、買い物かなー」


 蒼星は宿舎を出ると、繁華街の方に足を向けこなれた様子で歩き出した。

 ディケーの街並みはとても開放的で、石造りの建物が多い事からどこかヨーロッパの街並みを連想させるとても雰囲気のある街だった、商店街に向かうと所せましと並べられた露店と買い物客で賑わっており、大体の買い物はここでそろえる事が出来た。


「えーっと、これと、これと・・・あとこの黄色い果物なんですか?」

「おっ、お目が高いねお兄さん! これはこの辺ではかなり珍しいゴンマーの実っていって、完熟になるとまるで砂糖菓子みたいに甘くなるんだよ!」


 蒼星が青果店の前で足を止めると、威勢のいい店主が得意げに説明してきた。


「へぇ、じゃあこれ一つ下さい」

「はいよっ! 毎度有り! 40セルね!」


 蒼星は青果店でいくつかの果物を買い店を後にした、この世界の食べ物は元居た世界のものにとても良く似ていて、名前こそ違うものの食べてみればどれも食べた事のある味のものが多く、蒼星の味覚にもとてもよく合っていた。


 また執行人として働いてみて分かった事なのだが、どうやらこのドリアードという国の中での執行人の地位はわりと高い様で、山吹色のローブを着て歩いているだけで町の商店街では我先にとばかりに蒼星の争奪戦が始まる始末である。


 給料も精神的に過酷な仕事内容を鑑みたものなのか、物価的にはほとんど元居た世界と変わらない様子のこの町でも、生活用品や衣服、小さい家具類等であれば購入するのにわざわざ毎度清水のステージから飛び降りる必要はなさそうな懐具合ではある。


 そうなると当面の目標は、ディケー以外の町を回り情報を収集すること、その為に必要な旅費の確保だ。


「・・・まぁでも、暫くはこのままでも良いか」


 どうやって貯金をしてゆくかを考えていると、ふと蒼星の頭の中にエウレーネ塔の監獄の中で一人寂し気に佇むラナの姿が浮かび、いつ彼女の刑が執行されるのかも分からない状況で、この町を離れるのはあまり得策ではないのではないかという思いが立候補してきた。


 ふ、ふん! 別にラナの事好きだとかそういうんじゃないんだからね! ただ自分が餌付けしている犬に死なれたら目覚めが悪いっていうか・・・いや別にラナに犬がするみたいにご主人(自分)の顔を舐めまわしてほしいとかそういうこと思ってるわけじゃなくてね! と、友達が死んじゃうかもしれないって時にのんきに海外旅行ってどうよ? っていう社会からの体裁を! 体裁だけを気にした最低の鬼畜の所業なの! か、勘違いしないでよね!。


 ・・・本当に最低の言い訳だった。

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