KAC1~5をまとめたやつ
KAC1:留年 (お題:四年に一度)
「いいじゃないか、四年に一度くらい」
村谷にいくら慰められても涙は止まらなかった。
「他人事だと思いやがって……」
毒づいたがそれは涙声になる。村谷は黙って僕の背中を撫でた。
僕は進級できなかった。電子工学基礎Aを落として、いわゆる単独留年を成し遂げたのである。いや、電子工学基礎Aが悪いのではない。ギリギリで進級しようとした僕が悪いのだ。
「まさか落ちるとは思わなかった」
「留年生はだいたいそう言うんだよ」
普段は無口な浅田が僕を冷ややかな言葉で刺した。言葉数は少ない彼だが、いざ口を開くと重い言葉が飛び出し、それはしばしば周囲の心を刺す。
「妖怪・単位が一足りないが現れたな」
津賀が妖怪単位が一足りないのモノマネを始めた。お前、見たことないくせにと言ったら、見たことないから妖怪なんだよと返された。見たことがある僕に言わせれば、全然似ていない。
だが、こいつのように笑ってくれる方がいくらかマシかもしれない。
「まあいいじゃないか。うちの大学の学生の二割は留年するんだ。五人に一人、四年に一度、それくらい人生の糧だよ」
村谷がそう言うが、それは入学式での言葉の受け売りであることを僕は知っている。入学式のありがたいお話の内容をしっかり聞いているうえに覚えているあたり、彼は優秀だ。そして、同じく覚えている僕とどこで差がついたのだろう。
「お前、弟居なかった? 弟に学年追いつかれるんじゃないの?」
「いや、弟は弟で二浪してるから……」
浅田と村谷が顔を見合わせる。津賀は未だ妖怪のモノマネをしている。
「浪人は大変だぞ。二浪するという覚悟そのものを俺は評価する」
妖怪のモノマネさえしていなければかっこいい言葉なのに。
「親泣かせ兄弟だな」
一見、冷たいことを言う友たちに見える。だが、留年が決まった友のために、わざわざ慰めに来てくれる優しい友だ。僕はその友達と離れなければいけないのだ。留年そのものよりも、そちらの方がよほどキツい。僕がいくら頑張ろうと、進級しようと、彼らには二度と追い付けないのだ。
僕はかけがえのない友人を得た。それでいいじゃないか。来年頑張ろう。空いた時間は有効に使おうじゃないか。
* * *
一年後。僕の二留が決まった。
「お前、勉強した?」
一年前、僕を慰めた村谷、浅田、津賀の三人と僕が喫茶店に集まった。三人とも、卒業も就職も決まった。来年からも三年生をやるのは僕だけだ。
「したよ。まさか落ちるなんて思わなかった」
「授業は?」
「……出てない」
最初の方は出席していたものの、知り合いもできず、留年したという負い目がある僕は段々と出席頻度が減った。その空いた時間を埋めるためにアルバイトにいそしんでいたら、ついには全く授業に出なくなってしまったのである。
「出ろよ」
浅田がため息を一つつく。卒業が決まった男の顔はいつの間にか随分と壮観になっていた。
「一科目しか落ちてなくて、その科目を出席しなかったのか。ニートだなぁ」
ニートである。悲しいことに、全く否定ができない。完全なる正論だ。
「出席取らないじゃないか!」
「あの科目で唯一の留年生なんだから顔覚えられてるぞ」
村谷がすかさず言う。僕は深く傷ついた。
「そんなのシラバスに載ってないだろ……」
「心象の問題だろ……」
互いが互いに嘆いている。何の生産性もない光景だ。いや、喫茶店のテーブルにのった四つのコーヒーだけは喫茶店の売り上げになっている。
「一年前にさ、四年に一度くらい、いいじゃないかって言ったけど撤回するわ」
村谷は僕の肩をぽんと叩いた。
「四年に二度じゃねぇか」
「いや、五年に二度だよ」
冷静な声で浅田が言った。
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