星降る夜丹
エリー.ファー
星降る夜丹
悲しい程に嬉しいことがあった。
そういう物語。
たぶん、誰の心にもあった温かい物語。
それは続くことなく、いつか絶えてしまう。
けれど。
絶えても始まる新たな物語。
枯葉を踏み越えて、流れ出るピアノの音に耳を、体をゆだねる物語。
青空が遠くなるのは、おそらく、ディスプレイから見えなくなってしまうためだろう。
シンクに落とした墨汁が香るものだから、遠くに行きたくなってしまう。
四国でもいい、岩手でもいい。
そこに、すべてを隠して生きている。
銀座のように煌びやかで。
秋葉原のように個性的。
池袋のように懐の広い東京という町のどこかで。
合わせ鏡のような日常を味わいながら、叩き続ける音は鈍くはない。
反射する朝日と、いずれ誰かのためになることを知った文字たちが踊るのは昨日との差を明確に理解しているから。
さようなら。
さようなら。
別れではなく、いつもを失うための時間。
きっと、本当はやって来る。
真実もやって来る。
それは、きっとという言葉で逃げたけれど間違いのないこと。
だから、あえて。
大きな声で語りたくなる。
向こう側まで歩き続ける勇気も、嘘も、ない交ぜになった希望を抱えて、迎え撃つ西日。
嫌いではないその世界の色が私を染め上げる日常の狭間。
分かっていた。
もう遠くない。
真っすぐに見えてしまっている。
ピントすら合わせなくとも。
行きつく先。
答えはいずれ。
いずれ答えは。
ではない。
もう、行きつく。
本当を知っているから、本当になる。
メールの文面もまともに読まないくせに、いつも数歩先の未来は見えている。何度も過去を思い返してばかりなのに、不思議とそれを折り曲げて見えないようにはしない。
煙草でも。
お酒でも。
自分の悲劇を流さない。
何もかもをごまかさない。
澄み渡った感情の混沌たる想いは、煌煌とする。
知っていたことである。
分かっていたことである。
もしも。
弾けたなら。
もしも。
ピアノが弾けたなら。
そう思っていた。
だというのに、鳴らし続ける音楽は完全にエチュードに近く、それでいてナツメロの雰囲気。
エモいんだとか。
エモ系だとかに流されているのに。
それを流す側に回る。
何度も何度も、自分のことを知っていると叫び。
何度も何度も、自分をふさぎながら黒を知る。
白い希望と、黒い光線。
交わるのは、いつだって指先とそこから生まれ出る音。
音楽だろう。
文学だろう。
文藝だろう。
学ぶんじゃなくて、藝術だろう。
ふさぎこむことなど一度もしたことはないし、挫折らしい挫折も一切ない。だというのに、何度も何度も文字を打つ時間を惜しいとさえ感じている。
何者でもない。
何者でもないのに。
何者でもあることを誇りに思わせた。
あ、う、せ、て、い、お、ろ、あ、め。
並べれば一行にも満たず、しかしそこから打ち込まれる弾丸は何よりも貴い。それ以外に何がある。何を求めて、何になろうとしている。暮れていくのが視界に映ったとして、そこに自分の何を重ねるのだろう。
意味などない。
全く意味などない。
分かっているのに、酷く下らない時間ばかり過ぎる。
それがいいなら、勝手にすればいいと思いながら、その姿さえ溶けてしまう。
啜って生きていることと。
自分の意味と他人の意味。
こんなにも混沌として時間の中にいるのに。
確固たるものが生まれて、それが残っている。
そして。
もう見えてしまっている。
それが、この時間を貴重にさせる。
このモラトリアムが、余りにも長くて。
涙なしには語れない、私だけの愛しい放課後になって。
星降る夜に。
星降る夜丹 エリー.ファー @eri-far-
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