トラックに跳ねられて異世界に

 トラックに跳ねられて異世界に行ったのは誰が最初かだなんてどうでもいいし、ここでは誰もそんな事は気にしない。


 隣の大学生は今日も大学やバイトに向かい、何をしているのか毎日の様に酔っ払って帰って来てるみたいだし、

 下の階に住んでいるおじさんは缶ビールを片手にラジオを聞きながら日光浴をするのだ。


 道路に目を向けて見れば車も人もたまに通る。少し行って大きな道路に行けばもっと沢山の人が行き交っているだろう。


 ボクは彼らが何を考えているのかはわからないが、異世界ファンタジーに夢を見ているとは思えない。

 きっと今ここいらで異世界の事について考えているのはボクだけなのだ。


 お気に入りのAVはいつ見てもボクの性癖に突き刺さる。

 けれども何回とも使用すれば、それはもう脳内再生も余裕なのだ。かといって新しいのを用意する気にはなれないし、金もない。


 そういえば昔、彼女が言っていた。


「貴方のスマホとパソコンには、いかがわしいのしか入ってないわね」


 と。

 その時は、そんなもんだよ。と、思ったけれども何だか気恥ずかしくて何も言えなかった。今もきっと言えないだろう。


 ボクはお気に入りの動画の再生を停め、彼女との思い出に浸る事にした。ふぅ。



 夢の中にボクとあの時の彼女がいた。スマホの中にいたままの彼女が、何も見新たない白一色の空間に。

 スピーカーも見当たらないのに当たりには多分昔、CMかラジオで聞いたのだろう名前も知らない洋楽が流れている。

 思い出した。彼女とカーステレオで聞いたのである。デートをし、ホテルから出てきた車の中で。

 しかし、何故にボクはこんな夢をみているのだろうか。まぁ多分、寝る前に要因があったのだろう。となると、何故に、って話ではなく必然なのかもしれない。


「久しぶりだね」


 今の彼女はボクは知らないし、目の前の彼女はボクが知っていた時の空想の彼女であり、本人では決してない。

 ボクはなんと言葉をかけていいかはわからなかった。初対面ですけど、と空想の彼女に言われたら、どうしようか。


「そうね、久しぶりね。貴方は相変わらず性欲ゴリラみたいね。それも昔の女で、なんてみっともないわね」


「でも君はそんなみっともないゴリラの彼女だったじゃないか」


「当時は若かったもの。貴方も、私もね」


 その若かった姿の娘に、若かったもの、と言われる不可思議さにボクは少し笑ってしまう。

 どうやら空想の彼女は外見とは違ってボクと同じぐらい年を重ねたという設定なのだろう。それはそれで変な気もするが、そうなのだから、そういうものなのだろう。


「所でどうして、君はいるんだい」


「あら、貴方がよんだんじゃない。だから私はいるの。望む望まないに限らず私はいる。それが役目だから」


「ボクが君を使えば、君はこうして出て来てくれるのかい?ならボクは宅配お姉さんの所に電話しなくてもよくなるな」


「下品な人。別れて正解だったわね」


「ボクと君とは別れたわけではなく自然消滅だった気がするけどね」


「別に理由なんてどうでもいいわ。私と貴方が今、付き合っていないってのが重要なのよ」


 それからボクと彼女は昔みたいなやり取りは続く。勿論、ボクも彼女も昔のままではない。それでもやはり昔のままみたいな感じなのだ。

 その楽しさも一段落した頃に彼女は唐突に言った。


「そういえば貴方、近々異世界に行く事になるわ。準備しておきなさい」


 と。


 やはり彼女は空想の彼女であった。


 当時のボクは彼女に夢中であったし、遊びやデートの事ばっか考えていたのだ。異世界に興味の無かったあの頃。

 だから彼女は最近のボクの異世界への憧れなど知る筈がない。


「それはどういう意味だい」


「そのまんまよ。悲しいけれどね。貴方はご存知なんでしょ。異世界への行き方。そういう事よ」


 それはつまりそういう事なのだろう。


「予告しちゃっていいのかい」


「私もそうだけど、あの人もそうなの。結果そうなるのは決まってしまったのだから、つまらない建前なんていらないと思わないかしら」


「ボクは建前も必要だな、と思う。君の言うそれとは違うが、ボクらは現代人なのだから結果そうなるように予定していたのだとしても、やっぱり建前は必要なんだ。セックスの前にデートする様にね」


「そうね、いきなりセックスも悪くはないのかもしれないけど、それだけじゃあちょっとね」


 彼女はボクが思うよりもセックス前提に否定的ではないみたいだ。もう少しガッツイてみても良かったのかもしれない。当時の本物の彼女がどう思っていたかは別だが。


「じゃあするかい」


「良いわね。最後のお別れセックス。本当に、最後の」


………

……


 目を開けると、そこには何度なく染みを数えた見覚えのある天井が視界に入ってきた。

 半身を起こして、時計を見ればデジタル時計は朝である事をいい、窓から外を見れば誰かがこれから出勤する所で、アパートの前の道路にはランドセルを背負った子達が歩いて学校へ向かっている。


 まだボクは異世界に行ってはいない。

 夢はそう覚えていない。けれども異世界へ行く事になった。という内容はまだなんとか覚えていられている。けれども夢の消費期限は生魚よりも早い。既にそれがおぼろげにしか思い出せていないのが、生魚よりも早い証明だ。


 ボクの異世界への情熱が生み出した夢なのかもしれないが、その話を信じているボクは確かにいるのだ。あれはきっと正夢になる、という。


 準備をしとけ、と言ったのだから今はきっと身辺整理の為に与えられた時間なのだろう。

 けれども別れを告げたい相手もいない。友達も元カノにもこんな本当に馬鹿げた妄想みたいな話は出来無いだろう、という事ぐらいはわかっているつもりだし、あの彼女も知っていると思う。


 とりあえず半日かけて捨てたい物は決まったが、捨てれない物、捨ててはいけない物の処理はどうしたものだろうか。

 このAVをくれてやる程にボクは隣の大学生やおじさんと親しいわけではない。が、遺体処理をしにくる人達に見せたいものでもない。

 割ってゴミに捨てるのが一番だとはいえ、じゃあいつ異世界に行くかわからない日々の中でもう一度使いたいと思う夜が来ないのか、と聞かれたら迷う。

 とりあえず今夜のおかずはまた彼女にする事にしたのだ。


 が、彼女は現れないし、異世界でもない。

 本当にボクは異世界に行くのだろうか。

 やっぱり夢は夢で、夢を見ていたのだろう。ボクは異世界に行けないのだ。


 隣の部屋からはいい匂いと共に何かを焼いている音が届く。

 それに釣られて家の冷蔵庫を開けてみれば、あるのは缶ビール数本とマーガリンぐらいである。

 卵も肉も納豆も入っていないのは買ってないからである。

 戸棚を見れば、食パンはまだあった。

 カビてはいないし、賞味期限内だ。よし。


 朝から缶ビールを一缶開ける。抵抗が無かったわけではない。しかし、缶ビールにも美味しく飲める時間は定まっているのである。ならば美味しく飲める内に飲まなければならないのだ。そうに違いない。

 車の運転する予定もないし、一缶飲んだ所でベロンベロンになりはしない。外のおじさんだって日が昇っている内から飲んでいるし、海外では水代わりに酒を飲むのだ。

 なんら問題はない。


 さて、楽しい朝食も終わり、ゴミも玄関前の廊下に並べてきた。生ゴミではないから問題ないと思う。

 残るは何もない。何もないのだから冷蔵庫の中身ぐらいは補充しなければならない。やっぱり異世界に行かないのだから。夢に振り回されている気がするけれども、夢を信じたボクがやっぱりバカなのだ。


 財布を掴み、そのまま出ようとした所で寝間着であった事を思い出す。流石にこれはいかんぞ。

 一人暮らしに慣れない朝酒はまだ早かったのかもしれない。同棲相手か家族でもいればもっと前の段階で指摘されていたであろう。

 知人に会うわけでもなし、ジャージででもよかろう、とそこいらに転がっていたのを拾って着替え、寝間着をそこいらに放り出して、ようやっとお出かけである。


 庭先で日光浴をしているおじさんは今日はどうしたのかサングラスをしていた。

 軽く会釈をして横を通り過ぎ、門を出た歩道に出た瞬間、目の前にはトラックのフロントがあった。


 なるほど。異世界への行き方はこうであったのか。昨日、外に出なかったボクにはわからなかったよ。


………

……


 白い空間。

 影もなく白い空間というは怖いのだ。雪国の人なら大変よくわかってくれると思う。

 少し気持ち悪いものを感じながら辺りを観察していると、気持ち悪さは加速していく。

 人にはまだ早すぎるのかもしれない。

 いよいよリバースするかと思われた時に急に気持ち悪さは消えた。その代わりというわけではないだろうが、ボクは彼女と再開したのである。


「こんにちは、人の子よ。本来ならもっと長々と挨拶を述べなければならないのですが、しゃらくせえので省略します。

 さて、私らはまだ生きる定めであったというのに、間違って貴方を死してしまった、という設定です。目的を貴方に聞かせるつもりはありませんので聞かないでください。

 で、異世界に貴方を送ります。否応は無い。これも決定です。


 貴方が選べるのはスキルの希望だけです。スキルというのは資質であったり特殊な能力の事です。言い忘れましたが貴方がいく予定の世界は剣と魔法と魔物の世界ですね。こっちから言わせれば、どこにでもあるthe異世界ですね。送り飽きた、と言いたくなる様な。


 スキル、スキルでしたね。とにかく2つ提案しなさい。出来る出来無いはその都度言います。2つと言ったのは私共から貴方に付与できる限界の数が2つだからです。でも、親ガチャの結果次第ではその2つ以外にもあるかもしれませんし、ないのかもしれませんけどね。競合するのなら優先されるのは矛盾が減る様に親の方です。

 例えば、貴方はここで炎の魔法の素質強を貰って行きました。けれども貴方の親の予定2人は水の魔法の素質持ちで、貴方にも遺伝し、水の魔法の素質中を得る予定です。ならば貴女の炎の魔法の素質は消え、水の魔法の素質が残る。となるわけです。反発し合う属性の素質は同時に持てないルールとなってます。

 ですので、ここで全ての属性を使える素質!とか言われても却下です。

 勿論そういう素質でなく、単純に運が良い、健康、治癒能力高く、といった能力でも良いですよ。他にも色々そういうルールはありますが、どうたらこうたら悩まず言ってください。さっさと決めて異世界へ行ってくたさい」


 いきなり長々と語り始めた彼女に戸惑いはあった。断片的にしか聞けていなかったが、大事な事は夢の異世界送りだよ、だ。


 おそらく今回の彼女は、彼女な姿なだけであり、前回の彼女とも全く違う彼女なのだろう。

 それはともかく、ついにボクは念願の異世界ライフをおくれるのだ。夢に見た異世界ライフを。しかも2つもスキルをくれるという。

 相場では1個程度だと思っていたので嬉しい想定の範囲外だ。

 この日の為にボクは色々と考えていたから1つ目は迷う事はない。


「でしたら、まず1つ。マジカルナニを付けてもらうことは可能ですか」


 マジカルナニ。

 それはデカい、硬い、回復も早いし、威力も凄く、効果範囲は限定的であるが魅了スキルも装備している、これは言わばまさに全男性の夢のイチモツなのだ。

 一説によると異世界にはマジカルナニを持っていけば事足りる、と囁かれているとかいないとか。


「マジカル……ナニ…ですか。あの。……えぇ、はい……可能ですね。それでいいんですね、本当に」


「はい。ボクが欲しいのはそれです。で、2つ目ですが……ランダムでお願いします。勿論縛りプレイ等は考えていないので無難な有益なスキルの中からで、ですが」


「……私が言うのもなんですが、もう少し真剣に考えた方がいいのではないですかね。いえ、良いのです。良いのですよ。良いのだけれども……まぁ、面倒くさくなくて良いんですけどね。ではマジカルナニとなんか素敵なのの2つで間違いないですね」


 ボクは大きく頷く。

 それを見た彼女の姿をしたものも頷く。


「では良き人生を。グッドラック」


 彼女の後光が強まり、眩しさに思わず目を閉じる。彼女の陰はボクに向かってサムズアップをしていた。

 それがここでの最後の姿であった。


 次に目を覚ますと、今度こそ知らない天井であった。ところどころ隙間が空いているから上等な家ではないのだろう。

 獣臭さが強く、きっと近くで牧畜か屠殺場でもあるに違いない。と思っていたら目の前に馬の頭がニュッと現れた。

 驚きにボクの身体も固まる。

 しばらく馬の鼻息がボクの顔面に吹かれるが、何も反応示さないボクに興味を失ったか馬はそっぽを向く。


 そこでボクはようやく辺りを観察するゆとりを取り戻す事ができたのである。

 と、それよりもまずマジカルナニの確認だろう。

 履いていたスカートを捲るとあった。

 小さなパンツで上向きにコンモリさせているナニが。これはその時がくればさらに大きくなるのだろう。

 下着越しだというのにボクの雌が刺激されているのがわかる。


 可愛らしいボクについているグロテスクで、あるだけで雌を刺激しちゃうナニに恐怖を感じて、ボクはここで隔離されてるのかもしれないし、単純に気持ち悪かったのかもしれない。

 確かに身内に雄々しいナニをつけた美少女がいればそうなるだろう。


 でもボクは寂しくはないのだ。獣臭いのは嫌だけど。

 こっそり母や姉、使用人メイドが夜な夜なボクの所に訪ねてくるから。


 ナニが乾く暇もねえし、剣と魔法で無双したり、現代飯で胃袋掴む暇もねぇ。

 異世界女はボクを酷使し過ぎじゃないですかねぇ。本当異世界はブラック企業だぜ!

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