美少女というものについて考える

タニシ

第1話

美少女って何だろう。


何故人は美少女というもの惹かれてしまうのだろうか?


限定グッズの物販待機列から泣く泣く脱してトイレに駆け込み、昼飯に潜んでいた当たり屋の猛攻から社会人生命を辛うじて守り抜いた俺は、ケツの穴から汚物を盛大に撒き散らしながらふとそんな事を考えた。




昨今、街中で見る事が当たり前になってきた美少女のポスターやグッズ。

国民的アニメと大衆的に認識されているものを除いて、かつてそれらは映画観や専門店や、極一部の聖地と呼ばれるエリアでしか見られなかった。

それが今や利用者の多いコンビニ店内や道行く広告車の外装、果てには豪華絢爛を極めたパチンコ店の看板にすら上がり始めている。


町の様式だけにでは無く周囲の意識にも浸透している。

十数年前までは極一部の男性の趣味という認識がなされていた。場合によってはそれが迫害の理由になるほどに、それらは日陰物の為のコンテンツだった。

学生時代、周囲に隠れて学校の図書館に追加されたライトノベルに手を伸ばしていたあの頃の日々が俺の脳裏にふと蘇る。


だが今はアニメを見たという人も増え、グッズショップに足を運ぶ女性の姿も多い。

今どきの学生はラノベについて異性と語り合える世の中になっているのだとか。

正直羨ましかったりする。

彼らには是非もう学生には戻れない俺の分まで青春して欲しいと思うのは高慢だろうか。


そんなわけで美少女は着々と大衆的に受け入れられる要素となりつつある。

一部の否定派が過激なまでに反対意見を掲げているが、そこに関しては知らん。きっとあの人達は自分の持たないものに対して激しい嫉妬心に苛まれているのだろう。正直その熱意はもっと別の事に向けたてくれた方が世の中の為になると思う。


話が逸れた。本題に戻ろう。




命題:人は何故美少女というものに惹かれてしまうのだろうか?



という訳で俺は改めて美少女の魅力について考えてみる。


「おっぱい」


俺はとりあえず真っ先に浮かんだものを上げてみた。情緒もへったくれも無かった。

物事について深く真摯に考え進めていく事を人は一般に哲学と呼ぶが、この欲求に従ったまま思ったものを口に出すこの流れの中に、哲学の「て」の字と呼べる要素すらも含まれてはいないと思う。

もしこれをアリストテレスの理論の横に並べようものなら俺は間違い無く全国の哲学者達に抹殺される。


だがおっぱいがそれほどに魅力的な要素であるのも事実。


母性を象徴する要素である胸部。女性の魅力を語る上ではメジャーな要素ではあるが、美少女の良さを語る上に置いて、俺はその答えは解では無いと思っている。


断っておくがお胸さんを美少女の最大の要素として考えるぱふぱふ星人さん達の嗜好を否定するつもりは毛頭ない。俺だっておっぱい大好きだ。

だが同時に大別すると双丘かメロンかウォールマリアでしか括れない要素に誰も彼も皆惹かれるとは到底思えなのだ。

もしそれが真実だとしたらだとしたら既に我が国の勢力は三つに分かれ、混沌を極めていただろう。

そもそもの話、それが美少女の全てであったならばアニメ好きの女性は皆やばいという事になってしまう。彼女達の名誉の為にも俺はそれに対して否と述べたい。


「容姿」


次に見た目……『美』少女なのだからその要素は含まれて然るべきなのだが、何だろう、

それが全てでは無い気がする。


二次元的な容姿の良さが彼女達の最大の武器になるのであれば、それは美女でも美幼女でも美老女であっても構わない筈なのだ。

そうなると少女と呼べる年齢という要素が非常に大きな意味合いを持つことになる。


「やはり……エロなのか?」


美少女に対する欲求、とどのつまりそれは適齢期の女性に挿れたいという単なる性欲からくるものなのか、あるいは、小さい子供が小さい空間があると思わず指を突っ込みたくなるように、かつて自分達が生まれ出でた場所を彷彿とさせるモノに対する回帰欲求からくるものなのかも知れない。


だがそうであるとするならば、人は皆、本能から美少女を求めてしまっているという事になってしまう。


思考がそこまで至った時、俺の中が恐怖で埋められる。


「俺が考えて来たことは無駄だったのか……?」


イベント会場にまで来て、物販待機列で時間を溶かした挙句、次元を超えるエロの強さをトイレに篭って再認識しただけで終わるなんて、絶対に嫌だった。


俺は必死になって考える。そして考えてわかったのは、普段考えないもしなかった事をまともに考えるようになると思わず考える人のポーズを取ってしまうという事だけだった。

曲げた手を顎に添えるだけだけど。


だがそれがわかった所で俺の心の安寧は戻りはしない。断じて人類皆エロに屈したなどいうクソみたいにありふれた結論で終わらせたくは無いのだ。


しかしいくら考えてもわからない。何も浮かばない。


「クソっ、クソっ!」


焦燥感が募る余り俺は思わず叫んでしまう。


「うるせぇ!」


隣の個室から怒鳴られた。己の命題との戦いに完全に集中していた俺は、その余りの声の大きさにビビって漏らしてしまった。


漏らしてしまったのだ。

全く問題は無かった。


ブッ、ブッ。


ブッ、ブッ。


ブッ、ブッ、ブッ。


俺の意志に反して出続ける脱出者達は暫く首を縦に振るかの様に軽快な音を出し続けていた。

それはまるで焦る俺を宥めるかのように優しい旋律だった。




「……うん」


辞めよう。

これ以上考えても、辿りつくのは卵が先か鶏が先かの果てのない理論回廊でしかない。

俺は思考を止め、出すものを出し切ってから一度深呼吸をした。


「……ふぅ」


だいぶ落ち着いた。


「……ありがとう」


俺は頭部の対極で黙する排泄物に対して感謝の言葉を贈る。

かつて俺の一部だったものは俺の一部で無くなるその瞬間まで、俺の事を支えてくれたのだ。

俺は彼らのその優しさを心に刻む事にした。洗浄ボタンを押すまでだが。





落ち着いた所で俺は改めて美少女というものについて考える。


そもそもの話、女性である、という点から考慮するべきだったのかも知れない。

かつて女性は社会的に固定された役割を押し付けられていた。それは男性にもあるにはあったが、女性の自由度のなさは男性の比では無かった。

だが今や職人を始め医師、車掌、エンジニア、首相などの様々職業につけるという事実がある。


そしてそこが見えてくると必然的に年齢の点にも光明が見えてくる。

10代後半、それは幼少期を終え、明確な自我を持ち、彼女達なりの努力を重ねて夢に向かって走り出し始める時期。

少女達というのはどこにでも羽ばたいてゆける可能性の象徴なのだ。だからこそ老若男女皆が恋い焦がれる。

未だにトイレの一室に縛られている俺とは大違いだ。


「そうか、そうだったのか……」


先程までの醜態は何処とやら、俺の頭は冴え渡っていた。

悩み込んだとしても一旦落ち着けば別の角度から物事が見えてくる場合もある。俺は今回それを大いに実感した。


解は得た。


美少女の構成要素を己の中に取り込みながら不要な物を排するという相反する2つのタスクを同時にこなした俺は、晴れ晴れとした顔で外へ出た。






「ようやく戻って来たな〜」


室内格闘技で無事勝利で収め、イベント会場に舞い戻った俺の前には、不甲斐ない自分の分まで買い物を奮発してくれた少女の姿があった。

彼女の名前は沢渡由紀(さわたりゆき)ちゃん。小学校の頃から付き合いのある俺の後輩だ。


「もー酷いですよ先輩、列から消えるなんて。お陰で一人で全部持って待ってたんですから」


「ごめんごめん。昼飯完全に当たったみたいでさ……」


怒っているのか怒っていないのか判断の難しい表情のまま、由紀ちゃんはキャクターがプリントされた紙袋を取り出す。


「もしこれが1限だったら買えなかったんですからね。ちゃんと感謝して下さい」


1限というのはその商品はお一人様につき一つまでしか買えないという制限の事を指す。そのグッズが一人でも多くの来場者に行き渡るようにする為の運営側の配慮だ。

そしてもしそれが1限に指定されるグッズであれば彼女は彼女の分を買うとそれ以上買えないので、列から出た俺は俺の分を手に入れる事が出来なかっただろう。


「ありがとう由紀ちゃん……」


その有り難さを痛い程知っている俺は神様を崇めるような声色で彼女の紙袋に手を伸ばす。

その途中で由紀ちゃん紙袋を掲げている手を引っ込めてしまった。

不思議がる俺に、由紀ちゃんは一言零す。


「そのちゃんづけをやめてくれたら渡します」


可愛いのに。そう思ったがそれをどう感じるかは言われた受け取り手次第。俺は彼女の呼び方をすぐに直す事にした。

意地を貼る事でもなし、紙袋を人質に取られてるしな。


「ありがとう、由紀」


俺がそう言うと、由紀ちゃんは少し照れくさそうにしながら紙袋を渡してくれた。

思わずその場で中身を見る。中には推しキャラの絵がプリントされたカラーTシャツが確かにあった。


「代行は今回だけですからね」


そう言い残し由紀ちゃんは先に進んでしまった。

目的の物を確かめて満足した俺は慌ててそれを追う。


不思議なもので今の話を初めて人づてに聞いた場合人達の頭の中にはそれぞれ思い描いた美少女が現れているのだという。

やはり美少女というのは凄い。最早一種の昇華された概念にまで至っている。

そんなしょうもない事を頭に浮かべなら俺は会場を離れた。








「ところで先輩」


帰路の途中で先を行く由紀ちゃんが不意に振り向いて口を開いた。


「うん?」


「先輩、そろそろ自分の事を俺って言うのやめた方がいいと思います」


すごく真剣な声でそう言ってくる。うーん今改まって言う内容か?それ


「なんで?かっこいいじゃん」











「せっかく紗季って素敵な名前があるのに凄く勿体無いです」

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