◆第7章-2◆お義父さん大激怒。「家事のリストラ法」を教えてやる
何も言わずにまっすぐ駅に向かう芳樹。努は斜め後ろから付いてき芳樹を眺めていたが、表情をはっきりと読み取ることができなかった。努の目には、芳樹は声を荒げた一方で、今はどこか寂しそうな目をしているように映った。
努の声に芳樹は何一つ応じることなく、二人はカフェに到着した。
芳樹「む、なんでスターバックスなんだ。フラ、フラペチー?」
努「フラペチーノな。スタバ入ったことないのかよ(笑)」
芳樹「コーヒーなら何でも良い。席取っておくぞ」
運ばれてきたドリップコーヒーを一気に飲み干した芳樹は、ゆっくりと話し始めた。
芳樹「努。留津のこと、お前の母さんのことを覚えてるな」
努「当たり前だろ。『欲しいものある?』が口癖で、今思えば家族が生きがいみたいな人だったな」
芳樹「そうだ。お前のこと、俺のこと、家族のことを何よりも優先して、自分のことはすべて犠牲にするような人だった。
努「料理も3食手料理、家の掃除は毎日する。一人で完璧にやっていたよな。今思えば、もっと手伝ってやれば良かったな」
芳樹「お前が就職した時に子育てがやっと終わって、緊張の糸が切れたんだろうな。『私の仕事も終わったね』と言った時の安心した、でも疲れ切っていた顔が忘れられない。白髪も一気に増えた頃だ」
努「初任給で旅行に連れて行くはずだったのに。まさか旅行の前日に死んじゃうなんて」
芳樹「あの時は、留津の大好きな熱海に行くはずだったよな」
少しの間、沈黙が二人を包んだ。
芳樹「コーヒーおかわりしてくるぞ」
5分後、注文を終えた芳樹が席に戻ってきた。なかなか本題に入らない芳樹。努から話を振ってみた。
努「それで、本題は何?」
芳樹「俺にはな、留津と愛理さんの姿が重なって見えたんだ」
努「・・・どういうこと?」
芳樹「つわりで苦しいのに義理の父が来るからといって、あんなにきれいにして。フローリングの廊下に髪の毛一本、ほこり一つ落ちてないじゃないか」
努「確かに、『ちょっと早いけど大掃除ね!』とか言ってめっちゃがんばってた。台所の排水口まで掃除してたし」
芳樹「お前、それを知っていながら止めたか?」
努「う、、、やりたいならいいかって止めなかった。女ってそういうものかなと思ったし」
芳樹は大きくため息をついた。芳樹と留津は典型的に専業主婦家庭であった。芳樹が家族3人分の食い扶持を稼ぎ、瑠都が家のことのすべてを担った。まだ経済が右肩上がりに成長していた時代だ。夫と妻ではっきりと分担を分けることが当たり前であった頃である。努の目にも「父親は外で働き、母親は中で家事をする」姿が焼き付いている。一家を支える芳樹を尊敬する一方で、家事をしない芳樹に違和感を覚え、夕飯の最中でも仕事に戻る父親は近寄りがたい存在でもあった。
芳樹「愛理さんも、自分のことよりも家族のことを一番に考える人だろ。だから誰かがブレーキをかけてやらんといかん。それがお前の仕事だ」
努「頭では分かってはいるんだけど・・・でも親父、母さんにブレーキかけてた?」
芳樹「かけてなかったな。それで留津は・・・」
努「ごめん。そういう意味じゃなくて」
芳樹「分かってる。努、ペンと紙はあるか?」
努「こんなので良ければ」
芳樹「いいか?「家事」は実は4つに分解できる。一括にできるものではない」
芳樹の現役時代の仕事は中小企業の課題を分析、整理して解決する経営コンサルティングだった。その頃の記憶が蘇ってきたのか、横軸に「愛理(妻)、努(夫)の担当」、縦軸に「定期的に発生する家事、不定期に発生する家事」を置いて、30秒でマトリックスをつくってみせた。
ともりーな「本になったら図も乗せまーす(*´罒`*)」
芳樹「このマトリックスに、お前たち二人が分担している家事を当てはめてみろ。その書き出した家事にかかる時間を4つに分類するのだ。30分以上かかる家事は赤色、20分から30分かかる家事はオレンジ、10分から20分かかるものを黄色、10分以内でできるものは青色のマーカーで染めるんだ。ちょっとやってみろ」
努「ちょっと待ってな。こんな感じでいい?全部は書いてないけど、ほら。けっこう分担できてるんだよ」
ともりーな「ここにも図が!カクヨム仕様にしてよね~!」
芳樹「ここに一つ、忘れているものがある。赤ペンで書くぞ」
ともりーな「はい、芳樹さんがつわりを太字、下線、四角で囲みました!本にならないと図式は入れらないから解説しなきゃ( •̀ᄇ• )ﻭ」
芳樹「つわりは起きている時間に発生するだろ。16時間労働が毎日入っていると考えるべきものだ。だから、つわりは定期的な家事なんだよ。実際にはコントロール不可能という意味では不定期だが、定期的な家事とみなすほどに拘束時間も長ければ、負担も大きい。男には一生分からないと思え」
努「つわりは家事、、、考えたこともなかった」
芳樹「さらに出産後は授乳も入ってくる。今では授乳ではなく粉ミルクの使用も増えているがな。ちなみに、夜泣きをあやすのも家事だからな」
努「確かにつわりが家事なら夜泣きの対応も家事になるよな。その発想もなかった」
芳樹「仮定として、夜泣きをあやすことを愛理さんの定期的な家事に入れるとするよな。そうするとどうなる?」
努「まったく休めないじゃん」
芳樹「そうだ。休む時間はなくなる。だから夜泣きをしている赤ちゃんをあやすことは、夫もする家事に入れるべきなんだ。そしてここで、もう一つ問題が発生する。それは、愛理さんの拘束時間がほぼ24時間になってしまうということだ。子どもから目を離せなくなる上に、夜中にあやすことと授乳という家事が愛理さんにのしかかるからだ」
努「完全に無理ゲーじゃん。どうがんばったらいいの?」
芳樹「がんばってどうにかなる問題じゃない。家事をリストラするという発想が必要だ。つまり、がんばらなくて済む仕組みをつくるということだ。リストラする家事をあぶり出すマトリックスは、こうだ」
努「マトリックス分析好きだな(笑)」
ともりーな「図は表示されないから、私はきらーい(っ `-´ c)」
芳樹「では一つ一つ説明していくぞ。『家事』は4分類することから始まる。横軸にお前(夫)がしたい・したくない、縦軸に愛理さん(妻)がしたい・したくないで分類し、4つのゾーンをつくる。
努「さっきのマトリックスと同じ流れだな」
芳樹「そうだ。二人ともできる左上のゾーンは①らくらくゾーンだ。ここは二人で楽しみながらもできるな。次に愛理さんだけができてお前ができないのは②妻ゾーンだ。反対にお前ができて愛理さんができないの③夫ゾーンだ。最後にお前も愛理さんもできないのが④不可能ゾーン、つまりアウトソースしてそもそもなくしていくゾーンだ。それぞれの領域に家事を入れてみろ」
努は①、②、③の空白に家事を書いていったが、④を埋めようとした時にペンが止まった。
努「④の不可能ゾーンに入れる家事って思い浮かばないんだけど。全部やってる気がする」
芳樹「④は愛理さんとお前が話し合って埋めていくものだ。今からその方法を教えてやる。②の妻ゾーンから、愛理さんがしんどいと思っているものを教えてもらって○をつけてもらうんだ。その○がついた家事を④に入れる」
努「④に入れるだけじゃ何も解決しないよね?家事はそのまま残ってるじゃん」
芳樹「その通り。だから「HOOK(ホック)の法則」でリストラしていくんだ。Hは放置のH、OはアウトソーシングのO、二つ目のOは夫のO、Kは家電のKだ」
努「ところどころ親父ギャグかよ(笑)」
芳樹「ホックだから、夫婦の絆をバチッと止めるという意味だ。名言だろ」
努「いいから話し進めろよ(笑)。それぞれ説明してくれ」
芳樹「ユーモアの無いやつだな(笑)。まぁいい。Hの放置は、そもそも家事リストから一時期的に外すということだ。この外すという意味は2つある。家事という項目そのものから削除するという意味と、項目の作業量と質を下げるという意味だ。
努「そうか、一度定めた『下限』は修正していいってことか」
芳樹「そうだ、家事は生き物でもあるんだ。自分たちが家事と認識するから家事になるのであって、絶対にやらなければいけないものではないのだ。だから二人が『これはやらなくていい、このままでいい』と思ったら、家事ではなくすことができる」
努「そうか、家事は手放しちゃっていいんだ。で、手放すには夫婦が話し合う必要があるってことだな」
芳樹「その通り。次のOはアウトソーシングだ。これは文字通り家事代行サービスなどを使って、家事を外注することになる。つまりはお金で愛理さんの拘束時間を減らして、自分の時間を取り戻させることだ」
努「愛理は家事に時間を奪われてるのか」
芳樹「言ってしまえば、愛理さんは家事という牢屋に入れられているとも言える」
努「そう考えると解放してあげないといけないって分かるよな。だから3つ目のOは夫なのか」
芳樹「分かってきたな。夫であるお前も、愛理さんを家事の鎖から解放させてやれて、自分を取り戻させてやれる存在ということなんだ。最後のKの家電は、もう分かるな」
努「例えばルンバとかだよな。これまでやっていた床の掃除を家電にやらせればいいんだろ」
芳樹「100点中50点だな」
努「え、満点じゃないのかよ?」
芳樹「お前は今、家事をただの作業だと捉えて、減らすことだけ考えただろ。家事がただの作業なら、愛理さんは子どもがいて大変な今の状態でも、なぜ一生懸命家事をしてるのか分かるか?
芳樹「んー、やっぱり家事は大事だと思っているからかな」
芳樹「お前を愛しているからだよ」
努「・・・家事は愛情の表れってこと?」
芳樹「そうだ。「あなたにきれいな家で暮らしてほしい」とか言ってなかったか?」
努「あ、たしかに。「そんなに掃除しなくていいのに」って言ったら、「きれいな家で、しっかりした暮らしをして健康でいてほしいの!」って言ってたわ」
芳樹「命への気遣い。愛情以外の何物でもないだろ。しかし、愛理さんにはもう限界が来ている。ルンバになったところで、お前が愛理さんにこれまで感じている感謝の気持ちが薄れることはない。この感謝の気持ちをしっかり言葉にして伝えて、はじめて100点になるんだ」
努は芳樹がほこり一つない廊下を見て怒った理由が分かった。妊娠中にも関わらず家事を完璧にこなそうとするその夫婦のあり方に疑問を持ったのであった。努にとって芳樹の仕事は何をしているか分からないものであるばかりか、家族の団らんを止める疎ましいものであった。しかし、仕事で培った分析力で家事を整理していく芳樹を見ていると、仕事をすることは家を助けることにもなるのだと思い始めていた。努はうれしくなった。「仕事をすると周りが見えなくなる自分は、家庭を持つことは向いていない」とさえ思っていたからだ。仕事と家庭は両立できるし、仕事は家庭を支える能力を養う機会でもあったのだ。
※芳樹さん、いい人じゃん!ちょっと頑固なところがあるのは時代と中小企業の社長の性格ということにしておいてあげよう(*´罒`*)明日は芳樹さんから学んだことを努くんがまとめるよ。芳樹さんも教えたいことを名言にしてみたいんだってさ(*´罒`*)
褒められて伸びる妖精ともりーなは、あなたのレビューやコメント、★をお待ちしています٩(ˊᗜˋ*)و
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