◆第5章-2◆それって冷凍食品じゃん・・・~楽子家庭の「カレー事件」

努の健康のために夕飯を毎日作ることを自分に課していた愛理には、限界が来ていた。夕飯作りに伴う献立を考えたり、買い出しに行く時間も体力もなくなっている。そのため、再びともりーなの力を借りて、先輩『ラクニスト』の家庭を見に行くことにした。


ともりーな「ここだよー!楽子(らくこ)さん夫婦のお家♪」

愛理「玄関前に黄色いボックスがあるけど、あれ何?」

ともりーな「んー?分かんない♪楽子さんと旦那さんの満(みつる)さんはお見合い結婚なの。楽子さんはお料理が苦手みたいね。カレーと鍋を一日置きにつくるのが得意技みたい」

愛理「え、料理できない人なら参考にならないじゃん」

ともりーな「あ、楽子さん帰ってきたね!一緒にお家に入っちゃおう」

愛理「どうせ壁すり抜けられるのに(笑)」


 楽子がパソコンの入ったカバンを肩にかけて、仕事から帰ってきた。ドサッとカバンを地面に置いて玄関の扉の前で立ち止まり、肩を回しながら独り言をつぶやいた。


楽子「あー今日も疲れた!何もしたくなーい。誰かやっといてー」


 愛理は思わず共感した。


愛理「分かるー!誰かにやってほしー!」


楽子「今日も助かるわー」


 黄色いボックスから発泡スチロールの箱を取り出し、両手で抱えて家の中に入っていった。そして、その箱を調理台の上に置いた。


楽子「よいしょっと」


愛理「何の箱だろ」

ともりーな「あ、お野菜とかお肉が入ってたんだね」

愛理「あれ、野菜がもうカットされてる?」


楽子「えーと、切れた野菜をそのままサラダにしてOKでっと。今日のおかずは唐揚げを温めればいいのね。サイディに感謝だわー」


愛理「え、毎日冷凍食品を食べてるってこと?コンビニ弁当と変わらないじゃん。これ私たちがもめたのと同じ流れのような・・・お、旦那さんからのLINEね。これは嫌な予感」

満LINE「ごめん!お客さんとの飲み会入っちゃったから、ご飯いらない」


 満はWEBメディアに載せる広告を取ってくる営業をしている。顧客との打ち合わせの流れで「一杯どうですか?」となることも多い。顧客と関係をつくるのも仕事の一つになっているのだ。


愛理「あーこれってけんかになるパターンなのよ。買い出しまで行ったのに、つくってる最中に言われると腹立って仕方ない。料理はつくるだけじゃないのよって言ってやりたい。献立考えて、買い出しする手間も含まれてるのよ」


 しかし、愛理の予想に反して楽子はご機嫌な表情でLINEを返している。満に急に飲み会が入ることは、もうあきらめてしまっているのだろうか。


楽子「お、がんばってらっしゃい!」

楽子LINE「連絡ありがとう!今日の唐揚げは明日のお弁当に入れるね♪稼いでらっしゃーい!私はツムツムの最高記録出しとくわ(笑)」


愛理「ゲームしてる場合じゃないでしょ。こんな冷凍食品みたいなのを旦那さんのお弁当にまで入れるの?かわいそう。この二人、冷え切ってない?」

ともりーな「さっきの黄色いボックスって冷蔵庫だったのかな?」

愛理「冷凍の意味じゃなくてよ(笑)!これで二人とも幸せなのかな?」


愛理は冷凍食品を夫に食べさせようとする楽子から学ぶことはないと思った。幸家庭は食器の片付けであったから、きれいの『下限』を話し合って楽をすることは大事だと納得できた。しかし、料理は健康と関係するものだから、妥協はできない。愛理は日頃から調味料も無添加であったり、化学調味料が入っていないものを多少高くても慎重に選んでいるくらいでもあるのだ。

「何も学ぶことはないから帰ろう」。ともりーなにそう言いかけたが、鼻歌混じりに夕飯の準備をする楽子のことが気にはなっていた。あの余裕は愛理にはない。「あと5分くらい見てようかな」。愛理はしばらく楽子を観察することにした。


楽子「今日の手料理はポトフね♪好きよ~♪」

愛理「え、これで手作りって言えるの?カットされた野菜を放り込んで煮込んでるだけじゃん。これのどこがうまくいっている共働き夫婦なのよ」

ともりーな「お料理楽しそう~!ねぇねぇ愛理ちゃん、私もできるかな(´∀`*)?」

愛理「にんじんがあなたの身体の半分くらいあるからどうかなー(笑)。じゃなくって! 楽子さんに何か教えてもらえることなんてないんじゃないかな?」

ともりーな「『ともラク』メソッドあるのかな?楽しそうだし♪まだ夜8時だから早送りして、夢レッスン始めちゃう(*´罒`*)?」

愛理「さすがにこの時間だとまだ寝ないわよね(笑)。でもあんまり学べること無い気もしてるのよねー。途中で帰れるかな?」

ともりーな「愛理ちゃんも夜更かしばかりしちゃダメだからね(っ `-´ c)じゃーいくね!ともりーな♪」

愛理「強引ね(笑)!」

ともりーな「私もお仕事したいのー(*´∪`)」


楽子の家庭は愛理が期待していたような家庭ではなかった。見たところ手作りといってもカットされた野菜を煮込んで「ポトフ」と呼んでいるだけのように見える。しかし、愛理が怒るような夫のLINEに対しても余裕の表情を見せる楽子。期待はずれと思いつつも「なんでご機嫌でいられるの?」と気にはなっている。夢レッスンの中で楽子に、毎日の食事に関して聞いてみることにした。


愛理「あれ、幸さんの時と同じ部屋じゃない?味噌汁付きのソファーあるし」

ともりーな「今日の先生は楽子さんでーす!はい、愛理ちゃん、拍手だよー!」

愛理「そんなシステムだっけ(笑)!?」


 ともりーなが拍手を促すと、扉が開いた。


楽子「(ガラッ)はい、どもどもー!楽子ですー。で、あなたたち誰?そこのちっちゃな妖精さんに教えてもらいたいことがあるって言われたんだけど。人間もいるわね」

愛理「(関西のテンションで来るとは)えっと、愛理っていいます。今晩のお食事のことなんですけど、ちょっと聞きたいことがありまして」

楽子「あー唐揚げとポトフね!美味しそうだったでしょ」

愛理「非常に言いにくいんですけど、、、いつもあれですか?」

楽子「いつもあれよー。お世話になってるのよね、サイディ」

愛理「え?サイディってどういうことですか?」

楽子「知らないの?食材宅配サービスのことよ。あれ楽よー」

愛理「それって冷凍食品が送られてくるってことですよね?」

楽子「違うわよー!冷凍なんてされてないわ。毎日新鮮な野菜とその日食べられるだけの食材が送られてくるの」

愛理「新鮮といっても、カット野菜でしたよね?」

楽子「サイディの栄養士が選んでるから新鮮よ。働いて疲れて帰ってきて、そこから皮向いたり野菜切ったりするのなんて無理じゃない?」


 愛理はずっと気になっていた黄色いボックスから取り出した箱の正体を知った。中身は冷凍食品の詰め合わせではなく、健康に気を使った食材だったのだ。「楽子さんも健康に気をつけているのね」と少し意外だったが、まだ疑問は残っている。いくら新鮮な食材とはいえ、手料理をしないと気持ちを込められないのではないだろうか。


愛理「確かにしんどいですね。かぼちゃの皮とか剥きたくないし。キャベツの芯も硬くて面倒です」

楽子「でしょ。それにさー買い物もしんどくない?愛理さんも働いている人?」

愛理「はい、フルタイムです。最近は仕事も忙しくなってきて夜10時くらいまで残業しちゃうことも増えてます」

楽子「私も最近忙しいのよー!いつスーパーに行けっていうのよって感じ。24時間やってるとこあるけど(笑)。献立考えながら食材選んで、野菜切ってなんてやってらんないわよ。しかも洗い物も溜まってたらもう悲劇。日付変わっちゃうわよ」

愛理「あー私も最近ダメで。最近はコンビニ弁当ばっかりになっちゃってます」

楽子「あら、かわいそうね」

愛理「でも楽子さんも宅配サービス使ってるし、コンビニ弁当と変わらなくないですか?」

楽子「栄養士が監修して毎日献立が違うから、健康的だし飽きないわよ。下手に素人の私が選ぶよりいいんじゃないかしら」

愛理「え、サイディいいですね、、、でも手作りじゃないのって、旦那さんがかわいそうじゃないですか?やっぱ料理には愛情を込めないと」

ともりーな「愛理ちゃん!サイディ美味しいよ!私、添加物が入ってるとお腹壊しちゃうから、自然食品はうれし~」


 愛理の隣でまじめに話を聞いていると思ったら、ともりーなは机の上にあった唐揚げをパクパク食べていた。6個あった唐揚げは残り2つに減っている。お腹が減っていた、のだろうか。


楽子「ちょっと!唐揚げ食べないでよ!」

愛理「妖精も食べれるなら健康そうね(笑)」

楽子「満の明日のおかずが、、、でも、私たちも苦労したのよ。私は料理が全然できないし、そもそも料理は好きでもないのに満のことを考えるとやっぱり最初はがんばっちゃってね。クックパッドのページを印刷して冷蔵庫に貼ったりして努力してたんだけどなぁ。でも仕事も増えてきて時間ないから、カレーの具材を変えるだけにしてたのよ。そしたら満から『またカレーかよ』とか言われてもうダメだったわ!その日に実家に帰っちゃったわよ。『二度と料理しねーぞ!』って宣言して(笑)」

愛理「困った時のカレー、やっちゃいますよね(笑)」

楽子「そうそう。それで、満が私の実家まで迎えに来たのよ。私が出て行ったその日のうちに(笑)。それでうちの両親の前で話し合うことになったのよね。父はもう65歳なんだけど、身長が180センチあって今でもジムにも行ってるくらいだから背筋も伸びててね。満が正座を崩さなかったのは初めてよ(笑)」

ともりーな「家族団らんだね♪」

愛理「修羅場って言うのよ(笑)」

楽子「あなたは唐揚げを返しなさい」


 愛理にとっては適当に楽をしているように見えた楽子夫婦にも、食事を巡ってけんかしてしまった過去があったようだ。しかもそれは実家を巻き込んでの話し合いにも発展していた。


楽子「で、そこで決まったのが『手料理じゃなくていい。身体に良いものを食べる』なの。満は手料理が食べたかったわけじゃなかったみたい」

愛理「出来合のものが食べたくなかったんですね」

楽子「そう!これが私たちの夕食ルールになったのよね」

愛理「『下限』を話し合ったんですね。『どこまでだったら幸せを感じられるのか』というラインを」

楽子「言われてみればそうね。そのカレー事件以来、私たちの家は週5でサイディになったわよ(笑)」

愛理「そういえば、食事の『下限』は聞いたことはなかったです。努と夕食の『下限』を話し合ってみます!下限を決めることって、我慢とか妥協じゃないですしね。昔から手を抜くのは悪いことだと思っていたけど、手抜きとも違うし」

楽子「我慢しちゃったら不満が溜まっちゃうし、妥協すると罪悪感が募っちゃうじゃない?食べ物は納得したいわよね」

ともりーな「あ、また夢レッスンの時間が終わる!愛理ちゃん、帰るよー。ごちそうさまでしたー(*´∪`)」

楽子「ちょっと!食い逃げか~い!」

愛理「楽子さん、ごめんなさい。いつかお返しします!ありがとうございました~!」


 楽子の叫びが虚しく響く中、夢レッスンの時間は終わって朝になった。先に起きた楽子は後から起きてきた満にお弁当を渡しながら、昨晩の夢のことを満に話した。今でこそ『ラクニスト』の二人だが、以前は話し合いができずに楽子だけに毎日の夕飯作りの負担がのしかかっていた。カレー事件以来、手料理の回数を大幅に減らしつつも、健康的なものを食べることがルールになっている。そのおかげで余裕が生まれ、今日のお弁当の唐揚げがなくなってもご機嫌な二人だった。


楽子「おはよー。はい、今日のお弁当ね」

満「あいよー。あれ、唐揚げ入れるんじゃなかったの?ご飯しかなくて真っ白なお弁当なんだけど(笑)。まーたまにはいいか」

楽子「え、入ってない?昨日入れたんだけどなー。そういえば変な夢見たんだよね。私たちのカレー事件とかご飯事情について若い奥さんに話してたら、隣にいた妖精が唐揚げを食べていたのよね」

満「正座し過ぎて足しびれて、立てなくなった事件!懐かしいな~。でも妖精とかさー、疲れてるんじゃないの(笑)?ラッコちゃんが食べたんでしょ~」

楽子「えーそうだったのかなー。ま、今日もサイディね(笑)」

満「今日の献立も楽しみだわー!」

楽子「『またカレー?』とかもう言わせないわよー(笑)」

満「ほんと、ごめんて(笑)。でもあの話し合いがきっかけで、会話する時間を取り戻せたよね」

楽子「そうね。もっと早く爆発すれば良かったわ(笑)」

満「家出するのはNGね(笑)」


※カレーが事件にまで発展するのねー!人間界、怖いわー(°□°)それにしても、夫の一言で妻が爆発するのは愛理ちゃんのお家も楽子さんのお家も同じなのね(*´罒`*)

さて、明日は愛理ちゃんが楽子さんから学んだことをまとめる日だよ♪ともラクメソッドの他にも短いメモもつくって「ふとした時に思い出せる仕組み」もつくっています!愛理ちゃん、がんばり屋だよね~。

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