第5話 2人の物語

「銀司様……どこにも行かないよね?」

「お頭は、人間と関わりすぎた。母親と息子の関係だったお頭とは訳が違うんですぜ?」

「分かってる」


 唯の不安そうな視線から、わざと目を逸らし、銀司は沈黙を続ける。

 妖怪と人間の間に生まれたハーフ……

 さぞや虐げられてきたことだろう。

 唯と呼ばれる少女に話したのは、その一端に過ぎないはずだ。


「嫌だよ……私!」

「すまないな……」


 震えた声で銀司に問いかける唯を他所に、銀司は空を見上げる。


「奇麗な空だ……唯、たぶん将来は途轍もない美人になるんだろうな」

「ふぇ!? 何、急に?」

「言いたかったことを言っておこうと思ってな」

「そんなの……勝手すぎます……」

「……」

「私だって、銀司様のこと大好きです! 好き好き大好きです!」

「羨ましい限りでさぁ……だから、余計に別れが辛くなる……」


 妖怪のルールというのは面倒なものだ。

 この時代遅れの奇妙なルールのせいで、2人は悲しみに打ちひしがれている。

 誰が見ても、2人を助けたいと思うだろう。


「そろそろ行きやしょう、お頭……」


 虚しく響く康と呼ばれた小さな巨人の声は、終わりを告げる鐘の音に聞こえる。

 そう……俺は妖怪の主から、とある命を授かった。

 だからこそ、今が頃合いだ。


「あぁーあー、よろしいですか?」


 俺は久しぶりに自分の声を発する。

 今まで、この雰囲気に溶け込んでいた体を浮かび上がらせる。


「なんでぃ!?」

「銀司様、目の前に急に人が!? どうなってるんですか!?」

「人じゃない……妖怪だ……」

「まぁ、警戒するよね」


 俺は自慢じゃないが、環境に適応するのが得意だ。

 まるで、カメレオンのようだと言われたこともあるくらいだ。


「俺は、今まである方に銀司君のことを頼まれていてね。ずっと傍にいさせてもらった」

「あるお方って……まさか、華月さん?」

「そっ、妖怪の主にして、人間と最も親しい妖怪だ」

「銀司様……華月さんって、もしかして?」

「あぁ……俺の憧れた人だ……」


 開いた口が塞がらないというのは、正しくこういう状況から来ているんだろうなとしみじみ。


「華月様は人間との本当の絆を育んだ者には、古来から続く妖怪のルールを免除するという新しいルールを作った」

「はぁ……」

「そして、おめでとう。君たちが、その第一人者に選ばれたよ」

「え……?」

「華月様が、反対勢力に関して、何とかするらしいです。まぁ……つまり、これからも2人で頑張れるってことだ」

「銀司様!!」

「あぁ……唯!!」


 俺の説明を聞き終える前に抱き合う2人……

 その目には涙が浮かんでいた。


 ***


 俺は、あの時の光景は今でも忘れていない。

 あの2人は、今頃どうしているんだろうか?

 上手く行ってるのだろうか?

 それほど時間は経っている中、クォーターの子どもを2人作ったとは風の噂で聞いたが、本当だろうか?

 何はともあれ、人間と妖怪は決して分かり合えない存在などではない。

 俺も2人を見ているとそう思えてしまうから不思議だ……


「すみませーん」

「ん? 客か?」

「似たようなものです」

「ふーん……で、何かお願いでも?」

「華月さんと知り合いで、人間社会に精通してる貴方にお願いが……」


 そこには、銀司の姿が見える。


「何だ、いたのか……嬢ちゃんとは、上手くいってるのですか?」

「元気すぎだよ……あっ、お願いというのは、俺に人間社会に溶け込む方法や技術を教えてください!」

「いいだろう……俺は天才だからな」


 こうして、妖怪と人間、2人に旅路が始まった。

 あらゆる困難が立ちはだかるだろう。

 でも、きっと2人なら乗り越えられるに違いない。

 俺はそう確信している。


 何故かって?

 愛の力は偉大だからさ……

 陽は沈み、今日も町に光が灯り始める。

 時は宵の刻……一際ひときわ目立つ白髪をなびかせて、銀司は今日も町を歩く。

 大切な人と会うために。


「もう遅い!」

「悪ぃ……」

 ――

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宵闇の揺りかご 城屋結城 @yuki-jyoya

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