第4話 人間と妖怪

 銀司が会計を済ましていた時、カフェの中に数人の男が飛び込んで来た。

 一気に、慌ただしくなる店内は、カウンターに立つ店長でさえ、状況を理解できていないようだった。


「あのぉ……もう閉店なので、お引き取りを……」

「我々は、こういう者です」


 堅苦しいスーツに身を包んだ屈強な男たちの手には、警察手帳が握れていた。

 刑事の背後に隠れるように、2人の男女が立っているのが見える。


「け……警察が、どんな御用で?」

「用があるのは、そこの白髪の男性……君だよ」

「……」


 警察は銀司を取り囲む。

 今にも銀司に飛び掛かってもおかしくないような雰囲気が、店内を漂う。


「お父さん……お母さん……」

「唯!」

「心配したんだぞ」

「どうして……?」

「お前が夕方になると家を出ていくのを不思議に思ってね。最初は探偵に頼んで、唯が白髪の男と話してるってことを聞いた」

「それで、警察に相談したのよ」


 唯の親と思われる男女は娘である唯に近づく。

 そして母親は、唯を優しく抱き締めた。

 唯は一瞬、抵抗する素振りを見せたが、すぐに体の力を抜き、母親を抱き締める。


「お母さん……」

「ごめんな……父さん、どう接していいか分からなくて……」

「母さんも……唯の事ちゃんと考えてあげられてなかった……」


 唯の瞳には、心なしか涙が見えた。

 今までないがしろにされてきたことで、唯は心の大きな傷を負った。

 それが今、解決したのだ。

 喜びが湧き上がらないはずが無かった。


「何だ……良い親じゃないか……また、俺ははぐれ狼に逆戻りだな……」

「未成年をたぶらかすなんていけないことだよな?」

「何のことだか……」

「とぼけんなよ? こっちは、数週間にもわたる間、お前を監視してたんだからな!」

「いつも、山の中に入った瞬間に忽然と消えてしまうから、現行犯を狙ったってっわけだ」


 唯を横目に見ながら、銀司は微笑む。

 人間に囲まれている今の状況は、妖怪にとって恐怖の瞬間だったことは間違いない。


「銀司様は、悪くないの!」

「唯、もう大丈夫だ。父さんたちがついてる。もうかばう必要はないんだよ」

「違うの、本当に……」

「最近は洗脳させてから誘拐する例も多いようだからな」

「違うの! 銀司様は……」

「確保ぉぉ」


 警察官の怒号と共に、一気に銀司に飛び掛かる。

 束になって飛び掛かったのだが、何故かそこに銀司の姿はなかった。


「馬鹿な!? 奴はどこに……」

「あっ、入口の方に!」


 カフェから出ようとしていた銀司は、すぐに発見される。

 暗闇に輝く白い髪は、明らかに目立っていた。


「ちっ……もう宵の時間が終わるのか……くそっ、上手く溶け込めない……」

「逃がすなぁ!!」

「こんな騒ぎを起こしたと知られちゃあ、切腹もんだな……」


 苦笑いを浮かべ、銀司は両手を上にあげる。

 観念した様子を見かね、刑事はゆっくりと近づき、その肩に優しく手を触れる。


「この時間まで、子供を連れまわしてたんだ。現行犯逮捕だな」

「違います! 銀司様は、私の心の支えなんです! 逮捕するなら、今ここで舌を噛み切ります!」

「唯……!?」


 周囲はざわつく。

 その瞳も声も、全てにおいて唯の想いが本物であることを示していた。


「学校で作った友達だって……最初は皆、赤の他人なんだよ? お父さんもお母さんも、最初は赤の他人だったのに、私のことを大切に思ってくれてる!」

「唯……」

「どうして銀司様はダメなの? 私の事をちゃんと考えてくれてるし、もう赤の他人じゃないの!」


 店内に響く少女の声は先ほどまでとは異なり力強く、そのギャップからなのか、この場を支配していた。

 あまりの気迫に、大人たちは圧倒されていた。


「だから、許してあげて! これは私が連れまわしたみたいなものだから! 捕まえるなら、私を捕まえて!」

「唯……そこまで奴のことを……」

「私の選んだ相手なの! 信用して!」


 辺りに静寂が訪れる。

 それは、先ほどまでの静けさとはまた異なる穏やかな静けさだ。


 結局、唯の必死の訴えが功を奏し、厳重注意で終わらせる運びとなった。

 唯の父親と母親は、警察と最後の話し合いが行われている。


「唯、助かったよ」

「お父さんとお母さん、本当は私のことを思ってくれてたんだね」

「あぁ……良かったな」

「それでも、銀司様の存在はすごく大きいんだよ?」

「ありがとう。嬉しいよ」

「これからも一緒にいてくれるよね?」


 唯は、心配そうな顔で銀司を見つめる。

 しかし、銀司は目を逸らすと、窓の外を見つめる。

 そこには、150 cm程度の身長で、隆々とした筋肉が目立つおじさんが立っていた。


「迎えが来たようだ」

「あの人が、小うるさいおじさん?」

「ふっ……あぁ、そうだ……」

「私も挨拶したい!!」

「少しだけだぞ?」


 銀司は唯の手を引き、窓際に向かう。

 窓の向こうには、小さな巨人が立っているのだが、まるでそこに壁がなく、耳元で囁かれているように大きな声が響く。

 しかも、刑事などの他の人には、これほどはっきりとした声が聞こえていないようだ。


「お頭……忠告したはずでさ」

「康さん……ケジメはつけるつもりだ」

「……その時の介錯は任せてくだせぇ……」

「銀司様……?」


 銀司の声は重く、唯にもかすかに聞こえる程度に小さな声は、あっという間に空気に溶けていった。

 その声は、これから起こる出来事を指し示していたようだった。

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