⑤ 辻の悪魔
結局、北側を重点的に探しても、何も見つけることが出来なかった。
収穫がないというのは、芳しくない結果ではあるが、何事も起こらなかったと思えば、まだ良い事なのかもしれない。
「先輩……ちょっといいっすか?」
「ん? どうした?」
いつになく真剣な表情で俺を見つめる。
コイツが、こんなに真剣な顔をするのは珍しい。
「実は、気になることがありまして……」
「何だよ?」
「これなんですけど……」
その手には、掲示板に張られていたパフォーマンス集団の告知ポスターが握られていた。
その真剣な表情が、また腹立つ。
「ふざけてんのか? 見に行くのは勝手だが、今は仕事中だ。私情を挟むな」
「違うんっすよ! この公演日時っす!」
「日時?」
ポスターに描かれていた日時を確認する。
そこには3週間前に来国し、1か月間滞在する旨が書かれている。
ということは、今月末までの滞在……もうすぐ出国するということになる。
ん……?
「先輩、気付きましたか?」
「あぁ……事件が始まった時期と合致するな」
「しかも毎週起こってた事件が、今週はまだ起きてないんすよ!」
「確かに……」
「しかも、公演が休みだったのが初週の木曜と2週目の火曜、そして先週の水曜……全部事件のあった日なんすよ」
「まだ出国していないはずだ。いくぞ!」
「はい!」
俺たちは関所へと向かう。
間に合ってくれ……
誰とも知らない天に祈り、俺たちはこの場を後にした。
***
「幽霊の正体は枯れ尾花だ」
「枯れ尾花ですか? って……結局何か教えてくれないんですか?」
「……どうしようかな~」
姫は目を瞑りながら、わざとらしく意地悪な笑みを浮かべる。
最近は、東国の侵攻、北国への潜入と、大変な事が多く、こんな風に話す雰囲気ではなかった。
だからこそ、ここ最近はとても楽しめている。
「仕方ない……特別だぞ。まず、井戸から出るのは高音だそうだ。そして、人語を話してるわけでもなければ、本当に姿を見た者がいるかどうかも怪しい」
「ですね……じゃあ、何が原因だったんですか?」
「ここに口先が細くなった容器がある。この口に横から息を吹きかけてみろ」
「俺ですか?」
「もちろんだ」
「はいはい……」
俺は小さな容器の口に息を吹きかける。
すると……
”ヴゥォ~”
低い音が鳴り響く。
確かに風の音に聞こえなくもない。
しかし、高い音とは程遠い。
「えと……それで?」
「次に容器の中に水を入れる。もう1度吹いてくれ」
「はいはい……」
俺は指示通り、もう1度容器の口に息を吹きかける。
次の瞬間、辺りに高い音が響き渡る。
「あっ……」
「そういうことだ」
「え? どういうことですか?」
姫は呆れたように息を”はぁ~”と吐き、ジト目でコチラを見つめる。
すると、姫は俺に近寄り、容器を取り上げた。
「いいか? この容器の形に見覚えは?」
「ん……」
「つい最近、見たはずなのだが……すでに老化が進行しているのだな。ご愁傷様」
「酷い……あっ! 思い出しました!」
「見苦しいぞ」
「いや、分かりましたから! 井戸の下にあった湖の構造と同じです!」
井戸の下に広がっていた巨大な湖は、暗くてよく見えなかったが、声の反響からドーム状ではないかとは思っていた。
ということは……例の高い音っていうのは……
「そうだ……井戸を風が吹き抜けた時の音だったというわけだ。特に最近、季節風の強い風が吹いたからな」
「でも、だとしても日頃から、その高い音を聞いていたはずじゃ……」
「そうだ……だが、この間豪雨が続いただろ?」
「熊の時もそうでしたからね……」
この間の熊の話の時も、豪雨が色々な影響を及ぼしていた。
最近、こういう気象異常が続いている……
何が起こっているのだろうか……
「その雨のおかげで、井戸の中の湖の水位が上昇したのだろう。さっきの水を容器にいれた状態だな」
「なるほど……この間の豪雨が生んだ想像の産物だったってことなんですね」
こうして、幽霊事件は無事解決したのだった。
***
俺たちが関所に着いた時、パフォーマンス集団"Suns"は立ち往生していた。
何があったのか分からなかったが、これは好都合だ。
俺は、関所を越えないようにしつつ、事情を伺う。
「で……どうして、こんな場所で立ち往生してるんだ?」
「団員の1人が、見当たらないということらしい」
とりあえず、パフォーマンス集団の団員たちに話を聞く。
話を聞く限り、動機もなければ、凶器も見つからなかった。
「誰かを斬れるような凶器はないことはないんだが……」
「というと?」
「小道具で刀を使ってるんでな。切れ味は本物だ。」
「なるほど。それで、その刀というのは?」
「それが、ないんだ。昨夜、紛失してしまってな。皆で探したんだが見つかなくて……おかげで出発が1日遅らせる羽目になった」
「おい……待てよ……じゃぁ、犯人は……」
何てことだ……
犯人は、行方不明になっている団員しかありえないじゃないか……
でも、行方が分かっていないだなんて、最悪だ……
だが……今はこの集団をしっかりと裁かなければならないな……
が、その前に問い詰めなければならないことがある。
「おい」
「何すか? 先輩」
「お前……どうしてこのポスターに着目した?」
「え?」
「お前が気付くなんて考えられねぇんだが。白状しろ」
「ぐっ……先輩、すみません……」
何を謝っているのか、まだ理解できない。
一体、何が起こったというんだ?
「実はこの間……茶屋で姫君にお会いした時に、相談したんっす……」
「あぁっ?」
「ひぃぃ……すみません。捜査が進展しなくて、日に日に疲れて弱っていく先輩の姿を見るのが忍びなくて……」
「ちっ……また、あの姫さんかよ……」
俺はこれ以上ない敗北感に包まれた。
***
「はぁはぁ……くそっ、僕はどうすれば……」
「教えてやろうか?」
「なっ……誰だ!?」
北に向かって走る人影に、姫は声をかける。
それは俺よりも若くて小さな少年だった。
「小僧……残念だが、人を殺めるというのは看過できんな」
「何だよ、姉ちゃんは……」
「私は、お前を仕置に来た。化け物だ、よろしく」
「あ……あぁ……」
可哀相に……少年は、姫の紅い目を見たことで立つこともできず、その場に座り込んでいた。
最早、捕らえるのは容易だった。
「遅かったな……あとは任せたぞ。見回り」
遅れて駆け付けた見回りを横目に姫は呟く。
「おい……どうやって、この事件の真相を?」
「……まず、決まって事件は夜に起きている。場所は草むらなど身を隠せる場所だ。しかも警戒もされない」
「……」
「つまり、隙を突かなければ斬れない子供かと思ってな。そして刀にある程度触れたことがある人物だ」
「相変わらず、凄いですね……」
「ここまでは勝手な推測だ。私自身、勝手に考えてただけだった。そこで見たのが、あのポスターだ。少年が団員にいて、刀もショーで使う。それに団名も太陽だったからな」
「太陽……?」
確かに"Suns"は太陽から来ている。
しかし、それにどんな関係があるんだ?
「事件が起きた場所は東、南、西だ。これは、太陽の動きと同じだ。自分たちの名前に誇りを持っているのかと思ってな」
「なるほど……」
「だが、子供は何人かいて、その中から犯人を特定するのが面倒だったのでな。そこで、見回りを関所に向かわせ、怪しい行動をする奴を監視していたという訳だ。面倒なので、説明は結構端折ったがすまんな」
姫はそう言うと、そそくさと宮廷へと帰る。
こうして事件は終わりを迎えた。
後で分かった話だが、例の少年はSunsに拾われた孤児で、並々ならぬ誇りと感謝の念を抱いていたそうだ。
そして、そのSunsに暴言を吐き、唾を吐き捨てた客が今回の被害者だったと判明した。
「姫……」
「孤児か……私も拾われた身だ。この国には感謝している。だからこそ、そこに唾を吐く行為が許せないのは分かる」
「今日はぱぁ~と食べましょう!!」
「そうだな」
(だからこそ……この国の脅威は取り除かなければならん。どんな手を使ってもだ)
夕日が辺りを紅く染めるが、姫の瞳は、それ以上に紅く輝いていた。
國護論 短編集 城屋結城 @yuki-jyoya
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