④ 幽霊の正体

 北の井戸に着いた時には、すでに日が暮れ始めていた。

 宮廷を出発したのが昼過ぎだったので、妥当な時間ではある。


「よし、聞き込みは明日にして、まずは井戸に潜ろう。行け、少年」

「いやいやいや、何でですか!?」

「暗くなったら井戸の底が見えんだろ?」

「姫なら暗くても見えるじゃないですか!」

「私が泳げないと知った上での嫌がらせか?」


 姫は泳げない。

 というか水そのものが苦手のようだ。

 顔を水の中につけるのでさえ、躊躇ってしまうほどに。

 お風呂のようなお湯なら、問題ないということだが、どうしてだろうか?

 水が顔に触れるだけで鳥肌が立つらしい。


「じゃあ、せめて明日にしましょう。聞き込みも明日っていうことですし、急ぐ必要もないでしょ!」

「……怖気付いたか?」

「べ……別にそんなことないですけど!」


 俺は幽霊の存在を信じている。

 神様がいると参じてる俺からすれば、幽霊はいないと仲間はずれにする理由はない。

 が、会ったことも見たこともないので、恐怖というより期待感の方が大きかったりする。


「ならば、この辺りに宿を取ろう」

「そうですね。それがいいです! あと、幽霊は夜に出るものですから、夜も見張りましょう!」

「……凄いやる気だな……。なら、幽霊はお前に任せる」

「え?」

「私は眠るので、明日報告してくれ」


 姫は欠伸をかきながら、宿を探す。

 何だよ……素っ気なくて寂しくなる。

 断じて怖いわけではない。


「これは……巷で噂の泥棒のか?」

「あっ、本当だ! 例の泥棒の予告状ですね」

「全く……次から次へと……」


 本当に嫌そうな顔をしている。

 面倒ごとが積み重なって、非常に機嫌が悪いのは明白だ。

 そんな姫はそそくさと近くの宿屋に入り、一部屋借りる。

 普段は他人に任せるようなことを、自分から率先してやるということは、よっぽどイラついているのだろう。


「少年、明日に井戸を調べる。良いな?」

「はい、解明しましょう!」

「本当は現行犯が1番早い。その現場に出くわさられれば良かったのだがな」


 姫は紅い瞳を障子に空いた小さな穴の外に向ける。

 その日の夜は特に何も起きることなく、平穏な朝を迎えた。

 ということで、俺たちはグッスリと眠り、気持ちの良い朝日を浴びることができたのだった。



「姫……起きてください!」

「んん……眠い……」

「井戸を調べましょうよ!」

「お前が1人で行け……」


 目をこすりながら、起き上がる姫は年相応に見える。

 寝起きの悪さは筋金入りであり、結構強く揺すってこれだ。


「最悪の目覚めだ」


 俺の起こし方が悪かったのだろうか?

 姫は頬を膨らませ、いつになく不機嫌になる。

 でも、これってした方なくない?


「まずは朝食を食べながら、聞き込みだ」

「あっ、そうですね! まずは腹ごしらえ!」

「お前……元気だな……」


 ようやく布団から抜け出た姫と俺は食堂に向かう。

 小さな宿屋の、小さな食堂を姫と俺の2人だけが独占する構図になる。


「幽霊騒動のせいで客が来ないのかもな」

「声が大きいですよ」


 姫がジト目になりながら、食事を口にせっせと運ぶ。

 そんな俺たちの会話を聞いてか、宿屋の主人が話しかけてくる。


「まさにその通りで……」

「幽霊とは具体的にはどんな感じなのだ?」

「ワシも見たことはないんですよ。噂では黒装束を身につけた男だとか言われてますけど、この近辺の知り合いに見た者はおりませんのです」

「誇張されて伝わってるのかもな。案外、幽霊そのものが作り上げられた虚像なのかもな」


 姫はせっせとご飯を食べながら、口にする。

 面倒だから、それで一件落着にならないだろうか、とでも言いたげだ。


「でも、ここにいる誰もが奇妙な音を聞いたんですよ」

「奇妙な音ですか?」

「足音とか何かがぶつかったような音じゃなくて、なんというか……とても高い音で、あまり聞かない音でした」

虎落笛もがりぶえか何かだろ?」

「近いといえば近いんだけど……井戸だけから聞こえてきて、怖いなぁと思ったんです」


 井戸から聞こえた奇妙な音、そして実際の目撃者はいないが、いつのまにか広まっている黒装束の男……幽霊はいるのかな?


「まぁ、その件は解決してやる。商売繁盛に備えて準備していろ」

「あ……ありがとうございます!」


 姫は箸を空になった食器の上に置き、玄関に向かって歩き始める。

 俺も残ってた一口を、まだ食べ物が残る口の中にねじ込み、お茶で飲み込む。


「お世話になりました!」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 宿屋の主人に別れを告げ、姫の後を追い、玄関に向かった。



 ***



 一夜明け……


「ちょっと乱暴すぎですよ! ああぁぁ」

「騒ぐな、黙って落ちろ」


 その後、井戸に辿り着いた俺たちは、中を調べることにした……のだが……


「ちょっとタンマタンマ!」


 俺は井戸のツルでぐるぐる巻きにされ、桶の代わりに穴に落とされていた。

 あまりの乱暴に、体は大きく揺れ、苔に支配された側面はツルツルとすべり、不安定だ。


「黙って落ちろ」

「言い方! その言い方やめてください!」


 俺はツルにしがみつきながら、井戸の底に向かって落ちていく。


「あれ……すごいですよ!!」

「どうした?」

「大きな湖みたいです!」


 目の前には地下に広がる広大な空間に、たっぷりと貯まる水が見えた。

 井戸の下ってこんな風になってたんだ!

 少し感動してしまった。


「広いのか?」

「うーん、井戸の口から入ってくる光だけじゃ、暗くて見えません。それくらいの広さはあるみたいです」

「泳いで確認しろ」

「そんな無茶な!?」


 暇ならやりかねない。

 とはいえ、やはり暗闇は怖い。

 潜在的な恐怖というのだろう?

 理由は分からないけど恐怖する。

 それがまた怖さに拍車をかけている。


「よし、上がってこい」

「引っ張ってくださいよ!」

「男を引っ張りあげる力はわ私にはない」

「へいへい、分かりましたよ」


 俺が息を切らし、やっとの思いで井戸の外に生還するのに、10分はかかったと思う。

 その時には姫の姿はなく、一瞬焦ったが、来た時にくつろいだ茶屋でお茶を啜っている姿を見て、安心する。


「遅かったな。立つのが億劫になったから、先に休ませてもらった」

「いえいえ、無事で良かったです」

「……そうか」


 姫はお茶を飲み干し、立ち上がる。

 その顔には笑みが浮かんでいた。

 俺はこの顔が好きだったりする。


「幽霊の正体は分かったんですか?」

「あぁ……どうやら枯れ尾花だったようだ」

「枯れ枯れ尾花?」

「正体は、仕様もないモノだという意味だ」


 勝ち誇った顔をする姫を見ると、コッチも嬉しくなる。

 これから説明してやるから付いて来いと言わんばかりに、堂々とした歩きで茶屋を後にする。

 こうして、姫と俺は井戸に向かって再び歩き始めたのだった。

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