第8話 衝撃の事実

 日が暮れてきたので宿を探そうという話になったところ、レミナちゃんが「うちに泊まっていきなよ」と言ってくれたので、ありがたくお邪魔することになった。ご老人もナトちゃんをおもてなししたいと申し出てきたが、レミナちゃんの熱い要望に応えることにしたのだ。

「助けてくれてありがとう。私にできることなら何でも言ってよ」

 レミナちゃんはすっかりノアちゃんに懐いており、姉のように慕っている。腕を組んで密着し、「お姉ちゃんって呼んでいい?」「うん、いいよ」「やったあ! 私ね、お姉ちゃんが欲しかったの」なんて微笑ましいやり取りをしている。見ていて癒される。

「ここが私の家だよ。どうぞ入って」

 レミナちゃんに促され、カップケーキ型の建物の中に入った。驚いた。カップケーキの中が外から見るより遥かに広かったからだ。

「空間操作魔法だぜい。シュニメは空間を広くしたり狭くしたりする術を扱うことができるんだ。この世界は広いが、空間魔法を扱えるのはシュニメと神々だけさ」

 ナトちゃんが僕の頬にうねうねする身体を押し付けながら、ありがたい解説をしてくれた。未だにうねうねの感触に慣れない。

「皆様、ようこそ。娘と私を救っていただき、誠にありがとうございます」

 レミナちゃんによく似た男性が奥の部屋から現れ、僕たちへ深々と頭を垂れた。

「私のお父さんだよ。人質から解放してもらったみたい! みんなのお陰だよ」

 レミナちゃんはお父さんに勢いよく抱きついた。「こらこら、お客様の前で」と言いつつ、嬉しそうなお父さん。

「皆様お疲れでしょう。部屋を用意しておきました。お食事の用意ができるまでお休みください。風呂場と井戸とお手洗いを使用する際は遠慮なくお声掛けください。ご案内しますので」

 今日は色々なことがあってヘトヘトだ。お言葉に甘えて食事の前に少しだけ休ませてもらおう。

 二階に上がると、七部屋ちょうど用意されていた。寝相が壊滅的に悪い僕としては個室で寝られるのはありがたい。まあ、ナトちゃん付きだけど。ナトちゃんは机とかに置いて寝かせればいいかな。

「みんな、ちょっといいか?」

 僕が部屋に入ろうとしたとき、朝陽くんが引き止めた。

「ナトちゃん、色々聞きたいことがある。食事前に会議をしてもいいか?」

「ふむ、そうだな。お前たちに色々この世界のことを説明する必要があるな」

「ありがとう。そういうことだから、みんな疲れているところ悪いけど、集まってくれるか?」

 朝陽くんの頼みとなれば仕方ない。僕たちは朝陽くんの部屋に集まった。

 ベッドと机とクローゼットだけの質素な部屋だ。日本のビジネスホテルと大差ない落ち着く空間で、安心したというか、拍子抜けしたというか、なんというか、普通のごくありふれた部屋だ。七人と一匹が入るには狭い。空間魔法とやらが使えれば空間を広げられるかもしれないが、あいにく僕たちの中に空間魔法を扱える者はいない。レミナちゃんなら使えるかもしれないが、食事の準備を手伝っているところを引っ張ってくるのは悪いだろう。

 まあそんなわけで、この狭い部屋の中、この世界についての詳しい説明と、これからどうするべきかの会議が始まった。

「よーし、じゃあ一気にいくぞ。長くなるからちゃんと聞いてろよ? 質問は後にしてくれ。全部話し終えてからだ」

 ナトちゃんは僕の肩からピョンと飛び降り、中央に置いてあった丸いテーブルの上に着地した。着地時に「ぷにっ」という奇妙な音を立てたのが気になった。

「この世界はユリッタと呼ばれている場所でな。お前たちが来た地球とは並行世界で、決して交わることがないんだ。本来地球からユリッタには行けないし、ユリッタから地球に行くことも出来ない。それなのにお前たちが来たのは、まあ、ひとことで言えば、完全にイレギュラーだ。神様のオイラでも分からねえってこった。これについてはいくら考えても答えは出ねえから、考えなくていいぞ。疲れるだけだからな」

 イレギュラーか。まあいい、神様でもわからないことを真面目に考察する暇はない。

「イレギュラーとは言いつつな、実はユリッタは100年に一度くらいの頻度でお前ら地球人が迷い混んでいるんだ」

 ナトちゃんの言葉にみんながざわつく。僕も思わず驚きの声を漏らした。

「迷い込むのは決まって七人。しかも男が六人、女が一人なんだ。これについてもよくわかっていない。おそらく、ユリッタ誕生神話が関係していると言われている。そんでな、本来は100年に一度の頻度だったが、お前たちはたったの十年ぶりなんだ」

 それは衝撃的な事実だ。今度は全員が驚きすぎたのか、誰も何も言葉を発さなかった。

「いやあ、オイラも驚いたぜ。十年ぶりってのは初めてだからよ。大体早くても90年ぶりくらいが多いな。遅いときは120年ぶりってこともあったか。一回だけ70年ぶりってこともあったけど、あれでもすげえ驚いたぜ? それなのにお前らはたったの十年ぶりときた。いやあ、驚くを通り越して、いよいよこの世界の危機を感じたぜ。ああ、そういえば実際この世界崩壊の危機なんだったぜ、忘れてた」

 からからとナトちゃんが笑う。僕は耐え切れなくなって質問した。

「その人たちは今どこに?」

「おいおい、質問は後にしてくれと言っただろ? まあいいや。そいつらは過去最年少の転移者でな。7歳という若さで転移してきたんだ。結論から言うとだな、七人のうち六人は死んだよ。七人の転移者の一人、桜井美桜(さくらいみおう)によって殺されたのさ。殺した理由は未だに不明だが…。『なんとなくそうじゃないか』という理由は察せる」

「桜井美桜だと!?」

 朝陽くんが声を上げた。

「二十年前にロクガハラ公園で行方不明になった子供の名前だ」

「偶然ではないだろうね」

 朝陽くんの言葉に真琴くんが肯定する。確かに、同姓同名なんてことは滅多に考えられない名前だ。しかし、それでは話に矛盾が生じてしまう。

「どうして地球では二十年前なのに、こっちでは十年前なんだ?」

 みんなが思っていることを僕が代表して問う。

「おいおい、口を挟みすぎだぞ。まあ仕方ないか。何から何までわからないんじゃ、質問したくなるってもんだよな。まあその問いの答えは簡単だ。こちらの世界は地球の二分の一の速さで時間が進むからだ。だから、そうだな、お前たちはユリッタに来てから8時間は経過したか? ユリッタではたったの8時間だが、地球では16時間経過してるってことだ。そろそろ行方不明になったお前たちのことを家族が探してくれている頃だろうな」

 僕の脳みそが限界を超えそうなくらい理解不能な話だった。時間軸が違う? 流れている時間が違う? とにかく一刻も早く地球に帰らなくてはならないことはわかった。この世界でゆっくりしていたら失踪宣告されかねない。

「話を戻すぞ。えーと、どこまで話したっけな…。そうそう、美桜は仲間だった六人を殺したあと、ユリッタ最大のヴィッタンツァ帝国を滅ぼしてロクガハラ帝国を築いたんだ。ロクガハラ帝国は美桜の信者たちが住んでいて、かれこれ六年以上は彼女が国を治めている。桜井美桜こそ、ユリッタ滅亡を企む、魔女と呼ばれる存在さ」

 魔女の正体が僕たちと同じ異世界転移者だと…? 予想外すぎた。

「し、質問いいか! 仲間をどうして殺したんだよ!? 理由は不明だけど、察せるって言ってたよな? どんな理由があって異世界転移してきた仲間を殺したんだよ?!」

 真琴くんの質問に、ナトちゃんは少し言いにくそうに顔を顰めていたが、やがて決心したように僕らの顔を見渡し、「驚くなよ」と、一言忠告した。

「ユリッタから地球へ帰るには、地球の乙女の身体をユリッタの大地に捧げる必要がある。そうすることで異次元の扉を少しだけ開けることができるからだ。つまり女は生贄さ。六人の男は地球へ帰還できるが、女はユリッタの大地に沈み、死ぬことになる。おそらく、殺された六人は魔女を生贄にしようと企み、返り討ちにされたんだ」

 全員が絶望的な顔をしていた。それって、つまり…。

「綾、お前は魔女を生贄にできなかった場合、こいつら六人に殺される運命なんだ。覚悟しておけよ」

 ノアちゃんの顔は…何故か笑っていた。それを見た僕はぞくりと身体中に鳥肌が立った。

「お姉ちゃんたち、どこにいるの? 夕ご飯ができたよ! 早く来て〜」

 レミナちゃんの無邪気な声が廊下中に響き渡ったが、誰も返事ができなかった。

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