第7話 パートナー

『好きな魔法陣を選び、パートナーとなる魔獣を召喚してください』

 一ページ目に書かれているのはそんな文句。それ以外は何も書かれていない。なんだこりゃ。

 ページをめくると、魔法陣ばかり描かれていて、文字らしきものが一つもない。どこかで見たことがある魔法陣から、ちょっと変わった魔法陣、もはや魔法陣と言えるか微妙なものまで、ありとあらゆるパターンが500ページ以上も続いている。

「好きな魔法陣って言っても、全部同じに見えてくるなぁ」

「あ、この魔法陣いいんじゃね! おい、これにしろよ、唯人」

「私はこれがオススメですよ」

「いや、こちらの魔法陣の方が美しい。これにするべきだよ」

「…………」

「魔法陣によって召喚できる魔獣が違うんだろ? 慎重に選ばないと、ヘビとかドラゴンとか召喚しそうだな!」

 僕が召喚したアイテムだから僕に選ぶ権利があるというのに、みんな本を覗き込んで好き勝手に選んでいる。僕は面倒になり、「じゃあこれで」と、特になんの変哲もない無難な魔法陣を選んだ。みんなから「適当すぎる」とブーイングされたが、無視を決め込む。みんなの意見を聞いていたら時間がいくらあっても足りない。

 僕は選んだ魔法陣のページを開き、そのまま地面に置いて少し離れた。本を手に持ったまま魔獣を召喚したら危ないからだ。みんなも本から遠ざかって様子を見守る。麻痺状態が解けた異世界の男たちも黙って見物していた。

 ぼんっ!

 突然、魔法陣から煙が立つ。もくもくと立ち上る煙の中から現れたものは…。

「よーっす。オイラはナトロメトスってんだ。ナトちゃんって呼んでくれよな。お前がオイラのご主人か? まあ、よろしく頼むぜい」

 僕の腕の太さくらいある、巨大な青虫がうねうねと動いている。

 気持ち悪っ!!

 超ハズレじゃん、こいつ。

 いや普通さ、こういうのはかわいい小動物とかじゃないのか? はたまた妖精のかわいい女の子とか! おかしくないか? 青虫ってなに? なんで青虫? しかも喋ってるし。

 みんなが「やっちまったなお前…」みたいな顔をしてくる。なにも言うな、なにも言わないでくれ。僕が一番ハズレを引き当てたことに心を痛めているんだ。

 最悪だ、よりによってこんなのが異世界のガイドかよ。せっかく僕でも役に立てると思ったのに。夢から覚めるのが早すぎだ。いや、夢なら早く覚めてくれ。いや、なに言ってんだ僕は。

 朝陽くんが声を押し殺して笑っている。笑ってくれてなによりだよ、本当に。最早この状況は笑いとばすしかない。

「■■■■!!!■■■!!!!」

 ナトロメトスと名乗る巨大青虫に、今まで黙っていた男たちが全員、土下座をし始めた。一体なにが起きている? もしかして、この青虫を崇めているのか?

「へへん。お前ら、オイラのこの見た目でハズレだとか思ってんじゃねえぞ。オイラはこの世界では神様として信仰対象なのさ。お前は大当たりを引き当てたってことだぜ。とびっきりのSSR

スーパースーパーレア

さ」

 マジかよ。にわかには信じがたいが、男たちの様子を見てみると、青虫の言っていることは本当なのだろう。

「そうだ、じゃあこうしてやる。オイラがすごい神様だってわかるはずだぜい」

 青虫はうねうねと僕に近づき、ピョンと飛び跳ねて僕の肩に止まった。うわ、神様だとしても気持ち悪い。めちゃくちゃうねうねしてやがる。

「□□□□□□!!!」

 ナトロメトスが呪文を唱え始めた。すると、驚く変化が起こった。

「ナトロメトス様、我々にどうか慈悲を!」

「ナトロメトス様万歳!」

 男たちの言っている言葉が理解できる! みんなも同じようで、驚いた顔をしている。

「ほらみろ。オイラを引き当ててよかっただろう? オイラに感謝しろよ、唯人」

「何で僕の名前を…」

「そりゃあ、オイラは神様だからな。お前ら全員の名前も、事情も、全部知っているぜい。神様ってのはそういうもんだ」

 なんだかよくわからないけれど、見た目はアレだが、とんでもない大当たりを引き当てたようだ。結構僕はくじ運が悪い方だけれど。見た目さえよければよかったが、うん…。この際贅沢は言わないでおこう。

「よし、ガイドとして召喚されたんだから、とりあえずガイドをしてやろう。この村はキャルドゥナという名前でな。古くからシュニメ族ってのが住んでいる村だ。魔女の呪いによって女が生まれにくくなり、この村にはそこの少女しか女がいない。そもそもシュニメは女が貴重でな、8割男が産まれると言われている」

 ナトちゃんが今の状況を説明してくれた。非常に助かる。少年だと思っていた子が実は少女だったという事実は少々驚いた。

「魔女ってのは後で詳しく説明するぜい。長くなるからな。そんで、そこの少女、名前はレミナっていうんだが、今日で15歳なんだ。この村では成人の年齢だ」

「それで逃げていたんですか?」

 ノアちゃんが質問した。

「そうさ。成人になるとシュニメ族は子供を作ることができる。しかし、レミナはこの村唯一の女だ。レミナは多くの男とたくさん子供を作らなくちゃいけないんだ」

 なるほどね。それが嫌で僕たちに助けを求めてきたのか。

「仕方ないんです、ナトロメトス様。私たちシュニメの子孫を残すために、レミナにはたくさんの子供を産んでもらう必要があるのです。今までも女性に何度か逃げられ、レミナ以外の女性はもう、この村にはいないのです。レミナにも逃げられたら、シュニメは終わりです」

 一番偉いと思われるご老人が前に出てきて、ナトちゃんに向かって土下座(僕の肩にいるから僕に向かってしているように見えるけれど)した。

「それはわかっているが、レミナの父親を人質にしてレミナを逃げないようにしていたのは良くないぜい」

「ははあ、誠に申し訳ありません…!」

「しょうがねえな。オイラたちが魔女を倒してやるぜい」

 え。なんで勝手に話を進めているんだ。

「おい唯人、お前らは元来た世界に戻りたいんだろう? なら魔女を倒す必要がある。いや、魔女を倒したところで、元の世界に帰れる確率は5割くらいだ。でもやるだろ?」

 僕が答える前に「やる」と、朝陽くんが返事をした。

「ナトロメトス、初めは君の力を疑って悪かった。俺たちに力を貸してくれ」

「いいだろう。その代わり、条件がある…」

 一体どんな条件なんだ…? 全員が固唾を飲む。

「全員オイラのことをナトちゃんと呼べよ!」

 超どうでもいい条件だった。なんだこの神様。

「わかった、ナトちゃんだな!」

「ナトちゃん、よろしくな!」

「ナトちゃん、よろしく頼むよ」

「ふむ。ナトちゃん、よろしく願おう」

「ナトちゃん、よろしくお願いしますね!」

「…ナトちゃんよろしく」

 すっかりみんなの仲間入りを果たしたナトちゃんだった。

 うん、みんなすごいな適応力が。僕は未だに適応できないよ。青虫と仲間なんてちょっと嫌だよ。うねうねするし。

『生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである』

 チャールズ・ダーウィンの名言を思い出し、「僕は真っ先に死ぬな」と、思った。

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