第6話 新しい曲

 ダンジョンを無事に切り抜けた僕たちは集落と思しき場所へ向かった。大きなカップケーキのような形の建物が円を描くようにずらりと立ち並んでいる。その中央にひときわ大きなカップケーキがそびえ立つ。

 未だに異世界の住人たちと出くわしていないから、一体どんな人たちが住んでいるのかと、ドキドキしてしまう。もしかしたら全く人の形をしていない住人かもしれないのだ。例えばタコ足の宇宙人かもしれないし、はたまたグレイのように目が大きくて銀色のつるんとしたフォルムかもしれない。

 この世界の住人たちがどんな姿をしていようと、僕たちは郷に入っては郷に従うだけだ。見た目で判断なんて絶対にしないし、そもそも向こうからしたら僕たちの方が異形の化け物かもしれないわけだし。ともかく、この世界の人たちが僕たちに敵意を抱かないことを願うばかりだ。

 集落が随分と近づいてきたところで、急に先頭を歩いていた真琴くんが足を止めた。

「あそこに人がいる!」

 真琴くんの指を差した方向を見ると確かに人がいる。この集落の住人だろう。よかった、この世界の住人は人型だ。

 しかし、どうやら様子がおかしい。何故かこちらに叫びながら向かってきている! 僕たちは武器を構えた。…武器といっても僕は役に立たないフルートしかないけれど。

 目つきが異常に鋭いことを除けば、特に人間と変わらない姿形をした人物が僕たちの目の前に現れた。十五歳くらいの少年に見える。肌は褐色で、くるっと癖のある白い髪。鋭い瞳は緑色だ。敵意はないようなので、僕たちは武器を下ろした。

「■■■■■■■!!!!」

 異世界だから当然だが、聞き取れる言語ではない。僕たちに何かを伝えようとしていることはわかるが、どうしようもない。どうすれば…。

「助けて欲しいって言っているんだと思います。だってほら、こんな取り乱して、恐怖に怯えた目をしてます。肩だって震えてる」

 ノアちゃんが少年を優しく抱き寄せた。くっそ、羨ましい。なんて今は考える暇はない。

 中央の巨大カップケーキの中から次々と人が出てきたのだ。僕たちを見つけると全員こちらを目掛けて走り出した。

「■■■! ■■■■■!!!!」

 少年はいっそう震え、ノアちゃんの豊かな胸の中に顔を押し付けて泣き始めた。羨ましくて仕方ないが、子供だから大目に見よう。

「あの人たちに捕まると、ひどい目に遭ってしまうってことだと思います。どうか助けてあげてください、見過ごせません!」

 ノアちゃんの頼みとなれば全員黙っていない。僕たちは少年を庇うため、武器をとって人々に立ちはだかった。

 全員が褐色の肌、白い髪、緑色の瞳、屈強な体格をした男たちだ。少年をこちらに引き渡せと言わんばかりに異世界の言語で怒鳴りつけてくる。今にもこちらに飛びかかってきそうだ。

「練磨、頼めるか?」

「はい」

 ちゅどん!

 朝陽くんの命令で練磨くんがスキルを放った。麻痺(パラライズ)だ。

 男たちは全員地面に倒れた。流石にモンスター相手より手加減したようだが、それでもかなり痛そうだった。練磨くんもそう思ったようで、「やりすぎた…」と小さく独り言を言いながら頭を掻いた。

 男たちは全員僕たちを殺意のこもった目で睨みつけ、罵詈雑言(何を言っているか全然わからないけれど雰囲気は伝わって来る)を浴びせてくる。

「困ったな。彼らと意思疎通ができない」

 ここへ来て初めて朝陽くんが弱った顔を見せた。いつもみんなのリーダーを務め、こんな異世界で目を覚ましても頼もしかった朝陽くんが。おそらく、みんなが不安にならないように、自分は何があっても冷静でいようと考えていたのだろう。彼がいるから僕たちは異世界でも絶望せずに済んでいる。

 朝陽くんの役に立ちたい。さっき僕を庇ってくれた朝陽くんを。今ここで役に立たなかったら、僕は自分を許せない。

 そうだ。音楽に言葉も国境も関係ない。僕はフルートを構えた。すると、フルートがピカッと稲妻のごとく光を放つ。

▽練習曲

エチュード

Bを習得しました。練習曲

エチュード

Bを演奏しますか?

 おお! ここで新しい曲を覚えるなんて。これは使えるに違いない。

 僕は効果も見ずに脳内に浮かび上がった楽譜を読み、練習曲

エチュード

Bを演奏し始めた。演奏が始まると、喚いていた男たちは徐々におとなしくなり、僕の演奏に耳を傾けてくれた。

 なかなか明るいが、厳かな印象も受ける曲だ。練習曲

エチュード

とはいえ、決して簡単ではなく、むしろ難易度が高めだろう。初見だから仕方ないが、あまり満足に演奏できないのが悔しい。しかし、普段使っているフルートよりずっといい音色が綺麗に響き、僕の演奏を手助けしてくれているように感じる。異世界のフルートは上質だな、持って帰りたい。

 演奏が終わり、僕が軽くお辞儀をすると、男たちは盛大に拍手をしてくれた。

「■■■■!!!■■■!!!!」

 怒鳴り声ではなく、明らかに歓声だ。僕の演奏が異世界の住人の心へ届いたようだ。ホラー研究会のみんなも拍手をしてくれている。嬉しい。

 バタンッ。

 和やかな雰囲気の中、突如として何かが空から落ちてきた。分厚い辞書のようなものだ。僕はそれを訝しみながら拾い上げる。

『異世界ガイド』と書かれている。久しい日本語だ。僕は慌てて練習曲(エチュード)Bの効果を調べた。

▽お助けアイテムを召喚する。なお、このスキルは一度使うと暫く使うことができない。

アイテム召喚って…。僕はドラ○もんかよ。

「すごいじゃないですか! さっそく読んでみましょうよ」

 ノアちゃんに褒められると悪い気がしない。

 僕は『異世界ガイド』のページを開いた。

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