第5話 僕にしかできないこと


 僕は呆然としていた。あまりにも僕にできることがないからだ。

 みんなさっそく習得したばかりのスキルを駆使し、ダンジョン内のモンスターをなぎ倒していた。支援職なのに全く支援できていないとは情けない。

「ここで立ち往生していても仕方ない。とりあえず探索してみよう。唯人とノアちゃんは支援職だから真ん中を歩くんだ。周りを戦えそうな奴で固めて二人を守ろう」

 朝陽くんの提案で探索を開始してダンジョン(という名の洞窟)に迷い込んだものの、全く危なげなく進んでいる。最初こそ異形の化け物に戸惑ったが、みんなの働きでダンジョンの深層まで進むことができた。

「斬撃(スラッシュ)!」

 朝陽くんが叫んで剣を振り下ろすと、モンスターたちは真っ二つに割れ、ポンポンと蒸発して消えていく。敵全体に必中の大ダメージを与える技だ。

 モンスターたちは青白く光る綺麗なキューブ状のものを落とすので、それを暇人の僕が拾い集めている。用途は不明だが、おそらく強化アイテムのはずだ。持っていて損はない。もうざっと百個近いキューブを拾い集めた。重さはないのでたくさん持つことができるが、そろそろマントの中にしまいこむのは狭くて難しい。

「なんだか慣れると楽しいな! マジでゲームの中みたいだ」

 國春くんが楽しそうにモンスターと戦っている。短剣を振り回してモンスターの急所を確実に突き、鮮やかに倒していく。彼のスキルは二つあり、一つは解析(アナライズ)で、二つ目が罠(トラップ)だ。解析(アナライズ)で敵の弱点を見ることができ、罠(トラップ)で敵を誘き出したり追い込んだりすることができる。かなり便利なスキルだ。

「あのコウモリみたいなモンスター、魔法打ってきそうだね。よし、俺が引き受けるよ」

 真琴くんが盾を取り出し、みんなの壁になる。スキル名、反射盾(ミラーガード)。敵の攻撃を跳ね返す技だ。物理攻撃でも魔法攻撃でも御構い無しに防ぐことができる。守るタイミングが難しいのと、状態異常攻撃が防げないところが難点だが、かなり高性能な防御スキルだろう。

「はっはっは! わたしの美しい魔法攻撃に恐れ慄くがいい!」

 蒼矢くんが中二病みたいなことを言いながらスキルを発動している。スキル名は流星群(ミーティア)。巨大な炎を生み出し、流星群の如く敵に降り注ぐスキルだ。威力が大きくて、当たればほぼ一撃で敵が消し飛ぶ。体力消耗が激しくて乱発できないことを除けば最強の魔法だ。

「…………」

 練磨くんが黙々と敵を倒している。その動きは一切無駄がなく、見ていて惚れ惚れするほどだ。彼のスキルは状態異常を付与する毒(ポイズン)と麻痺(パラライズ)だ。さらに敵を弱体化する弱体化魔法(デバフ)も取得している。HPの高い敵には毒(ポイズン)を付与し、逃げ足の早い敵には麻痺(パラライズ)を付与して戦う。一見地味だが、彼の働きは非常に大きい。

「みなさん、怪我を治すので私の側へ」

 ノアちゃんは回復魔法(ヒール)でみんなの怪我を癒すことができる。状態異常効果も解除することができるので、彼女さえ守り抜けばパーティーが崩壊する恐れはない。

 みんなそれぞれのスキルを生かし、きちんと役割分担ができている良いパーティーだ。……僕を除いて。

 はぁ、自分が情けない、消えてしまいたい。

 僕だって、デカい剣を振り回してモンスターをなぎ倒したかった。罠

を仕掛けて味方に有利な戦況を作りたかった。立派な盾でノアちゃんを守ってみたかった。ド派手な魔法で敵を一掃したかった。状態異常効果を駆使して敵を翻弄したかった。回復魔法でありがたいと感謝されたかった。

 それなのに、僕の願いは叶わない。僕の練習曲Aは確かに強力だが、みんなが既に強すぎて一向に役に立たない。僕の存在意義とは…。

「木津くん、君はずっとただ突っ立っていただけかい? もう少し役に立ってくれたまえ」

 蒼矢くんの茶化す台詞に、僕は思わずぽろりと大粒の涙を流してしまった。成人した男が泣く姿は滑稽だろうか? 恥ずかしくて、情けなくて、消えたい気分だ。好きな女の子の前なのに。

「おい、言い過ぎだ! 唯人に謝れ!」

 國春くんが怒って蒼矢くんの襟首に掴みかかった。國春くんはいつも僕を庇ってくれる。嬉しい。けれど、今は困ったという気持ちの方が大きい。僕のせいで喧嘩なんか起きてほしくない。

「わたしは本当のことを言っただけだよ。唯人くんがしたことは精々、何に使うかもわからないキューブ拾いだけさ」

 蒼矢くんは良くも悪くも素直な性格で、誰かを傷つけるタイプの人間だ。彼を責めても仕方ないと僕はわかっている。

「國春、離せ」

 朝陽くんが間に割って入り、國春くんの腕を掴んだ。

「でも__」

「いいから離せ」

 朝陽くんの剣幕に気圧され、不承不承といった様子で國春くんが腕を離した。

 その次の瞬間。

 朝陽くんが蒼矢くんの顔面を思い切り、殴りつけたのだ。

 僕たちは驚いて固まってしまった。いつも頼りになるリーダーがこんなことをするなんて予想外だったからだ。

「いいいったあああいいいいいい!!! 何をするんだ!! 訴える! 訴えてやるからな!」

 惨めに喚く蒼矢くんと対照的で、朝陽くんは非常に冷静だ。

「悪く思うな。今はみんなで協力しなくてはいけない状況だ。仲間を馬鹿にするなんて、絶対にしてはいけないことだと肝に命じておけ。それに、唯人のバフは貴重だ。いつかもっと強い敵に出くわしたときに役に立ってくれるだろう。今役に立たないからといって、これから先ずっと役に立たないとは限らない。……ノアちゃん、悪いけど、こいつのダメージ癒してやってくれるか?」

「あっ、はい、わかりました」と、ノアちゃんが治療を始める。

 朝陽くんの言葉で、蒼矢くんは文句をいうのをピタリと止めた。朝陽くんの圧倒的カリスマがあるからできた仲裁方法だ。僕は涙を拭いながら「ありがとう」と朝陽くんにお礼を言った。

「いいんだよ。お前の力、これから期待しているよ」

 朝陽くんの微笑む顔は絶大な威力を持っている。女の子だったら確実に恋に落ちてしまうことだろう。かっこよすぎる。

「木津くん、悪かった。わたしはつい思ったことを言葉にしてしまうから、いつも周囲と対立が絶えなくて…。こんなわたしでもよければ、これからも変わらず付き合っていって欲しい」

 どういう風の吹きまわしか、治療を終えた蒼矢くんが頭を深く下げて謝ってきた。僕は戸惑いながらも、彼の謝罪を素直に受け取った。

「僕は蒼矢くんの正直なところは嫌いじゃないよ。でも誰かを傷つけないように気をつけてね」

 これで一件落着だ。よかった。僕はホッと胸を撫で下ろした。異世界に来て喧嘩して、全員バラバラになってしまったら大変だ。

 それにしても、朝陽くんの言葉は嬉しかったな。

 僕は今何の役にも立てないかもしれないけれど、いつかは役に立てるときがくるはずだ。僕には僕にしかできないことを、少しづつ探して、見つけていけばいい。

 僕にしかできないことが、きっと…。

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