第3話 僕らの非日常2
「おい、起きろ」
誰かに揺すぶられて目を覚ました。目をこすって見開くと、切羽詰まった様子の國春くんがいる。
「やべえぞ。どうやらここは異世界らしい」
異世界? なにを言っているんだろう? もう少し寝ていたいのに。僕はもう一度床に寝転がって寝ようとしたが、床だと思っていたものが床ではないことに気づいた。これは地面だ。
びっくりしてガバッと起き上がる。
「え、なにここ!?」
辺りを見回した。そこは異次元の空間が広がっていた。
ゲームやアニメの中にあるような、大きな木の下。大きくて高くて、天にまで届いてしまいそうな神々しさを感じさせる不思議な木。そんな木がいっぱい生えた森で僕は目を覚ました。
淡いピンク色の、この世のものとは思えない綺麗な花があちらこちらに咲いている。見る角度によって色が少しずつ変わり、ぴかぴかと眩い輝きを放つ。こんな花は地球上のどこにも生息していないだろう。
キラキラとした光る羽を持つ大きな蝶々が飛び回っている。よく目を凝らすと、人の顔らしきものが見える。これってもしかして妖精ってやつか?
空から絶え間なく光の粒が降り注ぎ、地面へ吸い込まれていく。うっとりしてしまうほど幻想的な空間だ。
まだ僕は夢を見ているんじゃないだろうかと疑ったが、焦った顔の國春くんを見て現実だと認識する。
「とりあえず手分けしてみんなを起こそう」
「え、うん、わかった」
頭の中がぐちゃぐちゃで整理できない状態だが、とりあえず國春くんに言われるがまま、倒れているメンバーを起こすことにした。
もちろん、みんな目覚めるとパニック状態に陥った。当然の反応だろう。特にノアちゃんの取り乱し方は尋常じゃなく、落ち着くのに時間を要した。
「みんな大丈夫か? とりあえず怪我はないな? 状況を整理しよう」
目覚めたばかりだというのに、朝陽くんはこんなときでも非常に頼りになる存在だ。僕の方が先に目を覚ましたというのに、僕よりもこの空間に適応しつつある。
「まず、みんなが気絶する直前の記憶を思い出してくれ」
気絶する直前?
確か公園に行って、星空を眺めて、そして…。
「公園で謎の地震が起こり、地面が割れて、それから落ちました」
今まで沈黙していた練磨くんが淡々と答える。二年生だというのに、この中で一番落ち着き払っているのが彼だ。一体どんな修羅場をくぐり抜けてきたらこんなに冷静になれるのだろう。
「俺の記憶もそうだ。そこから記憶がない。認めたくはないが、どうやらここは異世界だろう」
全員の表情が強張った。
異世界転生? いや、異世界転移か?
そんなものは漫画やアニメの中で十分だ。実際自分がこんな不思議空間になんの予備知識も持たず放り出されたら、たまったものではないと思ってしまう。
しかし僕らは七人いる。信頼できる仲間がいる。一人じゃないことが唯一の救いだ。
「嫌だ、帰りたいよ…。お母さん…」
「ふざけんな! なんだここは!」
「大変なことになったなぁ」
「いやぁ、困ったね。流石のわたしでもこれはお手上げと言わざるを得ない」
「……………」
「どうしたら帰れる? みんなをまずは安全な場所に…。いや、情報収集を先に…」
全員が戸惑う中、僕は少し落ち着きを取り戻し、綺麗なピンク色の花を眺めていた。どこか浮世離れしているこの空間を楽しんでおきたいと思ったのだ。
はあ、今ここにフルートがあればいいのに。こんな綺麗な森で演奏したらきっと気持ちいいに違いない。残念ながら車の中に置いてきてしまったけれど。
そんなことを考えていたら突然、脳内に無機質な音声が響いた。
“職業を吟遊詩人(ミンストレル)に決めますか?”
え、なんだこれは?
僕は周りを見渡したが、無機質な声の持ち主らしき人物は見当たらない。それどころか、誰にも聞こえている様子がない。
“イエスかノーかで答えてください”
もう一度脳内で無機質な音声が流れる。
わかった、これはRPGによくある選択肢だ。そうだ、それに違いない。
『イエスだ!』
僕は心の中で叫んだ。
“吟遊詩人(ミンストレル)に転職しました”
音声とともに、僕の右手にフルートが突如現れた。ずっしりとした感覚、いつも使っている自前のフルートよりはるかに上等なものだ。新品のようで傷一つなく、金色に輝いている。
「お、お前、なんだ、その格好は?」
驚いた様子の國春くん。見ると、深緑色のマントに身を包んでいた。鏡がないので全身どんな格好しているかはわからない。
「僕もよくわからないんだけど、なんかフルート弾きたいと思っていたら、いきなり頭の中で機械みたいな音声が流れて。それで吟遊詩人になったんだけど…」
「はあ? ゲームの中じゃあるまいし、そんなことあるんかよ」
露骨に疑う國春くん。僕自身が一番驚いているから疑われるのも無理はないけれど、頭のおかしいやつみたいな反応をされると悲しい。
真琴くんは「コスプレみたい」とはしゃぎ、ノアちゃんは「似合っていますよ」と微笑み、蒼矢くんは「わたしもなれるか?」と騒いでいる。練磨くんは相変わらず無口だ。
「いや、すでにこんな場所にいること自体現実ではありえないことだ。唯人の言っていることは本当だろう。俺たちも試してみよう。自分のなりたいものを思い描くんだ」
朝陽くんがみんなに呼びかけると、みんなは目を閉じて真剣に考え始めた。この僕の人望のなさと、朝陽くんのリーダーシップのすごさ。泣いてしまいそうですよ、本当に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます