第2話 僕らの非日常

 僕の運転する車でロクガハラ公園に向かう。じゃんけんに負けて車出しすることになったのだ。もちろん七人全員ぎっちり乗れるほど大きい車ではないので、三人と四人に分かれて二台で行くことになった。僕の運転する車に國春くんと蒼矢くん、朝陽くんの運転する車にノアちゃんと真琴くんと練磨くんが乗っている。

 ああ、ノアちゃんが助手席にいたら束の間のデート気分が味わえたのに!

「そこの交差点、右な。…おい、聞いてるか? 右だ、右っ!」

 残念すぎて、助手席でナビゲーションしてくれている國春くんの声が遠のく。我に返って慌ててハンドルを切った。

「それにしてもさ、あれはやっぱり、そういうことだよな?」

 國春くんが神妙な声音で何かを話そうとしているが、僕は「今その話しないでもらえる?」と必死で遮った。

「情けねえ奴だな。現実逃避するなよ。おい、蒼矢、お前はどう思った?」

 國春くんが後部座席の蒼矢くんに話を振る。

「そうだね。さっきのノアちゃんの様子は、明らかに日野くん側の車に乗りたがっていたね」

 言ってほしくないことをばっさり言う蒼矢くん。やめてくれ。

「だよなあ、俺もそう思う」

「だからやめてってば。そりゃあ朝陽くんはカッコいいけど、まだ卒業式までは夢を見ていたいよ」

「冷静に考えろ。俺たちが日野に勝てると思うか?」

 うぐっ。そう言われると返せる言葉がない。

「わたしは勝てると思っているさ。可憐なお嬢さんを華麗に振りむかせてみせよう」

 自信満々な蒼矢くん。ある意味羨ましい。

「あ、うん、お前はカッコいいからな。…いろいろ残念だけど」

「残念とはなんだ。君こそ非常に残念な恐ろしい顔をしているよ」

「はあ、なんだと、てめえ! 俺この顔めちゃくちゃコンプレックスなんだぞ!」

「ちょっと二人とも喧嘩やめてよ! 運転に支障が出るから!」

 ヒートアップする二人をなんとか運転しながら宥め、ようやくロクガハラ公園に到着した。

「お前ら遅いぞー! 何やってんだよ」

 すでに到着していた朝陽くんたちが車から降りてきた。

「ごめん、ちょっと道が入り組んでたから…」

 ロクガハラ公園は実際かなり分かりづらい場所にあった。あの二人の喧嘩のせいで集中力が途切れ、二回も道を間違えた結果すっかり遅くなってしまったのだ。

「木津くんが二回も道を間違えたからね。わたしの専属運転手だったらクビにしているよ。やれやれ」

「唯人は全く悪くねえ。俺たちが騒いだせいで遅くなった。悪かったよ」

 対照的な蒼矢くんと國春くんの発言に一同は「触れないでおこう」と思ったのか、誰も詳細を聞いてくる者はいなかった。賢明な判断だ。

「ようし、気を取り直して行こうぜ! テンション上がるなあ」

 真琴くんが馬鹿でかい懐中電灯をぶんぶん振り回す。この気まずい空気を吹っ飛ばしてくれるなんて、流石ムードメーカーだ。

「よし、出陣だ!」

 朝陽くんの掛け声を合図に全員公園へ足を踏み入れた。

 公園は結構な広さだが、街灯が所々にしかなく、真っ暗な場所も多々あった。公園中央にある大きな木が不気味な雰囲気を漂わせている。しかしそれ以外は特になんの変哲もない公園だ。集団失踪事件の現場だと言われてもいまひとつピンとこない。二十年前はもう少し様子が違ったのかもしれないけれど。

「あっ、星、綺麗です! すごく」

 ノアちゃんの声で空を見上げた。確かに、周りの民家の明かりに邪魔されないので鮮やかな星空が一望できる。おまけに今日は新月で条件がいい。

 僕たちは本来の目的を忘れ、綺麗な星空に夢中になった。

「確かに素晴らしい。まるでこのわたしのようだ。でもそれ以上にノアちゃん、君は本当に美し…」

 バチコンッ! 國春くんと真琴くんが蒼矢くんの背中を叩いて口説き文句を制止する。

 それを見て僕が笑う。

 つられて笑うノアちゃん。

 夢中で空を見上げる朝陽くんと、その横で静かに眺める練磨くん。

 楽しい。これが青春だ。今の時間が永遠に続けばいいのに。

 いっそ付き合えないのなら、ノアちゃんが誰のものにもならなければいいのに。星くらい遠くて、美しくて、手が届かない存在になってしまえばいいのに。そう思ってしまうのは僕だけだろうか。

「そろそろ帰るか」

 全員が満足した頃、朝陽くんが言った。風も強くなってきたので、頃合いだろう。

「たまにはこういうのも悪くないよな!」

 國春くんが同意を求めてきたので相槌を打つ。

 楽しかった。しかし、卒業式のことを考えて悲しくなってしまった。いつまでも子供ではいられない。これから社会に出て、必死に仕事して、結婚して。この楽しい学生生活もあと一年ちょっとで終わりだ。大学院にいくことも少しだけ考えたが、結局僕は就職を選ぶだろう。大学院に進学するにはお金が必要だし。覚悟を決めなくては。

 さて、帰ろう。もちろんあの二人を学校まで送り届けなくてはいけないけれど。はぁ、また喧嘩されたら困るな。

 そう考えながら公園から出ようとしたときだ。

 えっ、なにこれ。

 地面が揺れる。

 地震?

 衝撃で身体が宙へ舞う。

 そう思ったら今度は何故か地面が割れ、身体が下へ吸い込まれていく。

 ノアちゃんの悲鳴。

 みんなの叫び声と怒鳴り声。

 僕も言葉にならない何かを必死に叫んでいた。

 なにこれどうしよう、死んでしまう。なにこれ。

 死?

 え、ええええ?

 まだ、死にたくない。

 まだ…。

 僕たちは公園の地面にゆっくり沈み、深く深く落ちていった。

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