異世界で心中を。〜異世界アンチが異世界破壊〜

伊那

第1話 僕らの日常

 水曜日。六限目の授業を終え、僕の所属している同好会である、ホラー研究会の集会へ向かった。今日の集まりは確か302号室だと言っていたかな。僕が302号室に入ると、すでに全員集まっている状態だった。僕以外は五限の授業までしかなく、一時間前に集まっているから当然だ。

 一時間も前に集合していれば話も盛り上がっていて、途中から来た僕は会話に全くついていけない。やっぱり六限目なんか取らなきゃよかったと思うが、単位のためには仕方なかったのだ。

「あの映画は本当にクオリティ高すぎる。ちょっと今度持ってくるわ」

「俺も観たけど、あれは結構きついな。俺はギリ大丈夫だったけどさ」

「スプラッター系? それなら俺はかなりいける」

「いやいや、耐性ある俺でも危なかったから、あんまり余裕ぶっこいてると、本当に飯が食えなくなるからな。知らねえぞ?」

「いいよ、持ってこい。ああでも、ノアちゃんがかわいそうだな」

「ノアちゃんスプラッター大丈夫? 血が飛び散るやつ」

 どうやら次に観るホラー映画を決めているらしい。会話の流れから察した。

 僕たちはホラー研究会らしく時折ホラー映画上映会を開いたり、心霊スポットを巡ったり、心霊映像を分析する活動をしている。本気で活動しているわけではなく、完全に趣味の領域だ。幽霊部員が十五人に対し、僕たちのように毎回参加している人は七人しかいない。今日も幽霊部員たちの姿はなく、いつものメンバーだけだ。メンバーを簡単に説明してみる。

 まず始めに、この僕。三年の木津唯人(きづゆいと)だ。音楽学科に所属している。男にしては背が低くて、色白で童顔、声も若干高めだ。「女の子みたい」と散々言われ続け、そろそろ我慢ならないので最近筋トレを始めた。始めたばかりだから効果はまだ感じられない。彼女はいないけれど、好きな子はいる。

 みんなの中心にいる男前がこの同好会の実質リーダー、芸能学科三年の日野朝陽(ひのあさひ)くん。コミュニケーション能力と凄まじい行動力に秀でた化け物だ。同性の僕から見てもかなり上位のルックスだし、スポーツ万能で勉強もできるらしい。もちろんめちゃくちゃモテまくっているが、好きな女の子がいるので傷つけないように優しく断っているそう。僻みの対象にならないくらいぶっ飛んだ人だ。

 ぽっちゃりとしたクマさん体型が工芸学科三年の月田真琴(つきたまこと)くん。圧倒的癒し系キャラで気配り上手、ホラー研究会のムードメーカーでもある。メンバー同士が喧嘩した際の仲裁役で彼自身が怒ることは滅多にないが、怒らせると大変なことになるらしい。朝陽くんが不在のときは彼がリーダーを務め、実質サブリーダーのような立ち位置にいる。好きな女の子がいるようだ。

 大学生にしてはかなりイカつい顔つきをしているのが、映像学科三年の火岡國春(ひおかくにはる)くん。彼自身は平和主義者でとても優しいが、顔のせいで喧嘩をふっかけられることが多いらしく、いつも頭を悩ませている。僕とは高校の頃からの仲で行動を共にすることが多い。好きな女の子がいる。

 朝陽くんほどではないが、なかなかの男前が芸術学科三年の金城蒼矢

かねしろそうや

くん。実家が超お金持ちで、かなりのナルシストだ。それ故ときどき周りをイライラさせるが、基本的に悪い人ではない。完璧主義者であり、完璧じゃなくなると癇癪を起こすのが難点。好きな女の子に振り向いてもらえるよう、日々努力しているらしい。

 狂犬のような鋭い目つきをしているのが文芸学科二年の土井練磨(どいれんま)くん。あまり話さず、いつもみんなの聞き役に回っていることが多い。朝陽くんを慕っていて、朝陽くんを追いかけてこの大学に入学したんだそう。彼にも好きな女の子がいるらしい。

 最後に、彫刻学科一年の水野綾(みずのあや)ちゃん。通称ノアちゃん。このホラー研究会の紅一点であり、僕たち男ども全員の好きな人だ。

 まずもう、めちゃくちゃかわいい。ぱっちりとした二重の大きな瞳に、分厚くて瑞々しい唇、小柄でちょこまかとした小動物を思わせる仕草や、あふれんばかりの笑顔が眩しい。ホラー研究会なんかにどうして入ってくれたのか、未だに謎しかない、360度どこから眺めても紛れもなく美少女だと万人が断言できる女の子だ。

 僕たちはノアちゃんに勝手に告白しないよう、『抜け駆け禁止平和条約』を結んでいる。ノアちゃんに勝手に誰か告白してカップルが誕生しようものなら、ホラー研究会が崩壊しかねないからだ。告白するのは僕たち三年生の卒業式と決めている。告白の順番は卒業式当日に公平を期してくじ引きで決めるらしい。

 まあ彼女と付き合うことは難しいだろうな、と僕は正直ほとんどあきらめかけている。だってあんな美少女とこの冴えない僕、誰がどう見ても不釣り合いだ。朝陽くんと蒼矢くんくらいかっこよければワンチャンあっただろう。それか僕が超お金持ちならば。残念ながら僕はどちらでもない。でも、彼女とこうして出会えて、一緒にホラー研究会で話して笑って、それだけで嬉しい。付き合えなくてもいい。僕は彼女の幸せを願うくらい、大好きなのだ。

「血は苦手ですけれど、克服しておきたいです。観ましょうよ」

 ノアちゃんが笑う。可憐な笑顔。

 ああ、将来この子の隣にいるのは誰だろう? 朝陽くんがすごくお似合いだよなぁ。

 一年以上先の失恋を思い浮かべ、すでに傷心モードに陥る僕。恋愛は弱気になったら負けだよな、と思いつつ、朝陽くんという強すぎるライバル…というか僕ごときがライバル名乗ったら叩かれるレベルの男前が恋敵じゃあ、やる気が出ないのも仕方ないだろう。

 そんなこんなで、僕がいろいろと考え事をしている間に、次の上映会で流す映画が決まった。僕が観ようか迷っていた、最近DVDが出たばかりの新作ホラー映画だ。素直に嬉しい。だが、六限の授業がある僕は多分途中から観ることになるだろう。その日だけは六限サボってしまおうかな…。迷う。

「じゃあ上映する映画も決まったことだし、これから心霊スポット行くか」

 朝陽くんがそう言ってコートを羽織ると、みんなも荷物をまとめ出した。今日は上映会の映画を決める会議だけだと聞いていたけれど…。どこか行くのだろうか。

「ああ、唯人はさっき来たばかりだったな。ちょっと興味深い心霊スポットがあるから行ってみようって話になってさ。ここからそう遠くないよ。もちろん行くだろ?」

 朝陽くんの問いかけに僕は元気よく頷いた。心霊スポット巡りは僕の大好物だ。恐怖と同時に好奇心がくすぐられる。最高にわくわくする。

「ロクガハラ公園ってところだ。二十年くらい前にこの公園に遠足で来た子供七人が行方不明になったらしい。誰一人見つかってない未解決事件だ」

「え、そんなにいなくなったの?」

 驚いた。行方不明事件って普通は一人、多くても三人までだ。雪山とかなら理解できるが、公園で七人なんて尋常じゃない人数だ。

「ああ。当時世間をすごく騒がせた事件だったらしい。いろんな予想が飛び交ったんだ。異国に連れ去られたとか、未確認生物に捕食されたとか、時空の狭間に落ちて並行世界に行ったとか」

 まあ、そうなるよなあ。七人も子供がいなくなるなんてありえないことだ。科学で説明できない予想をする人もいるだろう。

 それにしても、行方不明事件の現場か。いつもは霊の目撃情報が多い場所に遠征するが、今日はちょっと毛色の違う探検になりそうだ。ちなみに今まで心霊スポットめぐりを何度もしているが、未だに心霊現象に一度も出くわしていない。

 僕たちは『今度も大丈夫だろ』と、楽観的に考えていた。考え方が麻痺していたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る