Ep.1 入学する者、迎える者

第4話 入学式の朝

 目覚ましの音がやけにうるさく鳴り響くものだから、怒りに任せてぶっ叩いてはみたものの、音が鳴り止む気配は無い。

 ついに壊れたかと思って目を開けてみたが、そこに目覚まし時計は無く、あるのはスマートフォンだけ。

 それで俺は昨日はスマートフォンのアラームを設定してから寝たことと、前に使っていた目覚まし時計は引っ越しの荷物を減らすために後輩にあげたことを思い出した。


「本当にバカだよなあ、川澄優斗って」


 俺は自分に心の底から呆れながらスマホを操作してアラームを止める。

 それからなんとかして起きねばと、腹に力を入れて腹筋の要領で身体を起こす。その後で少しの時間だけ天井を見上げるのが、この家に来てからの俺のルーチンになっていた。


 最初の頃は知らない天井だとか何とか言えたものの、1週間も経てばだんだんと今の家にも順応してきて、この天井も見知った天井に変わった。

 そして1週間もあれば春休みも終わるし、俺の意識も新しい家の事ばかりに向けていられなくなる。


 俺はもう一度スマホを操作した。今度は夜の内に来たメッセージやメールを確認するために。

その時今日の日付が視界に入った。


 今日は4月8日。祝日でも土日でも無い、至って普通の平日だが、俺にとっては特別な日であることには違いない。

 何せ今日はこれから3年間通うことになる高校の入学式なのだから。



Ep.1 入学する者、迎える者



「おはよう優斗。良い朝だね」


 リビングに出た俺を出迎えたのは、ニュースを見ながら優雅に紅茶を飲んでいる俺の姉、川澄愛理。

 仕事柄もあって、いつも夜は遅いし、朝も早いのだが、今日は休みなのでかなりのんびりしていた。


 そしてこの家にはもう1人、なかなかに弾けた性格の女が住んでいるのだが、彼女はリビングには出てきていないようだった。


「おはよう姉ちゃん。俺は良い朝とは思えないけど」

「お? 何かあった?」

「スマホのアラームと誰にも言えない激闘を繰り広げてきた」

「本当に何やってるの……」


 姉は呆れた顔でこっちを見てくるが俺は気にしない。何せ俺はもう開き直っている。リビングに出てくる前に散々自己嫌悪したのは伊達では無いということだ。


「それよりも朝飯何かある? 腹減った」

「冷蔵庫にフレンチトースト入ってるよ。焼いて食べて」

「そいつは良いや。姉ちゃんが作ったの?」

「違うよ。作ったのは美奈ちゃん」

「桜井が?」


 言われて冷蔵庫を開けてみると、そこには確かに美味しそうに浸け込まれた食パンが入ったボウルが置いてあった。

 謎の書き置きもセットで。


「何々? 『卵液が余ったので作りました。これを食べるのはアナタの自由ですが貸し一つです』……何でフレンチトースト一つで貸し作れると思ってるんだアイツは」


 誰も彼もがそこまで桜井みたいに食い意地が張っているとは思わないで欲しい。

 まあ、このフレンチトーストに関しては美味そうなので遠慮無くいただくのだが。貸しというのも、今度紙パックに入ったカフェオレでも渡せば桜井は満足するだろう。もちろんサイズは一番小さいヤツ。


「それ、昨日の夜から浸けてあるから美味しいよ」

「ふーん。そういえば桜井は? 腹でも壊したの?」


 改めてリビングを見渡してみても、桜井美奈の須多田は無い。

 冷蔵庫の中のフレンチトーストが一つだけであることや、書き置きの内容から考えてアイツが既に自分の分を作って食べたことは間違いない。つまり言うまでも無く今日は一度起きている。

 それでもってアイツは何かにつけて姉と一緒に居たがるから、能動的に自室に戻ったりはしない。

 今日みたいにリビングに居ないというのはこの上無い異常事態に思えてならないのだ。


「ああ、美奈ちゃんなら急用ができたとかで朝早くに出掛けたよ」

「出掛けた? 昼から始業式じゃなかったっけ」


 始業式、という言葉が示すように桜井は今年入学する人間では無い。


 俺も昨日聞いたのだが、何とあの女は高校2年生である。つまり俺よりも年上なワケだ。

 そのことをすぐには信じられず――というよりも認めたくなかった俺はまるで同期のように接するのをやめなかったが、桜井も桜井で1歳や2歳の年の差は気にしないらしく、そのことで咎められることは無かった。


多少のマウントは取られたが。


 それはともかく、桜井は昼から学校がある身だから今から出掛けると色々と支障があるのでは無いかと思うわけだ。


「絶対に断れない用事らしいよ。まあ美奈ちゃんも行きたくない行きたくないって家出る直前まで喚いてたけど」

「……家帰ってきたらご愁傷様って言ってやろう」

「それ言ったらどうなっても知らないよ。何せ昨日の深夜にいきなり頼まれたらしいし」

「絶対おっかない顔してるじゃねえか」


 醜態を晒してしまうほどに桜井が朝に弱いことは身を以て知っている。それだけに今朝の桜井の機嫌に関しては想像がつく。きっと地獄のような表情をしていたに違いない。


「あ、でもそもそもの話、制服着てたしもしかしたら用事って学校のことかも」

「あー、なるほどそういう線もあるのか。そういやアイツって学校どこなんだろ」

「さあ? 共学っていうのは前に聞いたことあるけど」


 まあ気にしても仕方ないし、知ったところで何かが変わるわけでも無い。まあ、これでよしんば同じ学校だとすれば多少の影響もあるだろうが――


「いや、それは流石に無いだろ……」


 俺はすぐに頭に浮かんだ可能性を否定した。

 住んでいる地域で学校が決まる小学校や中学校と違って、高校となると選択肢はそれこそ無限に存在している。そんな中でたまたま出会った2人がたまたま同じ学校だなんていうのは少し奇跡的過ぎる。


 これがテレビドラマや恋愛漫画の世界の話なら歓迎するほどにドラマチックだが、俺と桜井にドラマチックは似合わないし、繰り広げられるのはドタバタコメディが精々だ。


「そんなことより早くご飯食べたら? 初日から遅刻なんてしたら洒落になんないよ?」

「ああ、うん。分かった」


 姉に言われて俺はとりあえず朝の準備を進めることにした。

 今ここで考えたって答えは出ないが、夜になって桜井に直接聞けば分かることだ。

 それまでは自分のことだけ考えても何ら問題は無い。


 そんな風に割り切って、卵液にしっかり浸かった食パンをフライパンで焼いていく。

 この時、桜井の顔がよぎったのはアイツが作ったものを食べようとしているからだ。

 それ以外の理由は無い。


 絶対に。

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その居候、学園一の美少女につき 北橋トーマ @touma_kitahashi

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