第2話 負けず嫌いな2人

「というわけで、この家に新しい住人が2人も増えたことを祝しまして! カンパーイ!」

「カンパーイ!」

「カンパーイ……」


 ワイングラスに入ったビール片手に元気よく乾杯の音頭をとった姉に、桜井は元気よく、そして俺はかなりダウン気味のテンションで続いた。

当たり前だが未成年の俺の飲み物はコーラ。桜井もコーラだったので、当初の見立て通り未成年らしい。単に酒が飲めないだけの成人の可能性もまだ残ってはいるけれどそれはそれだ。


 この祝いの席は姉の一声によって開催が決まった。今日は元々俺がこの家にやって来ることが分かっていたから宅配ピザを予約していたらしく、ちょうど晩飯時に食い切れるか分からない位の大量のピザが届いた。


 それらに舌鼓を打ちながら色々と語り合おうという会だが、俺にはそんな体力は残されていなかった。


 もともと元気いっぱいなキャラでは無いのはもちろんあるが、それ以上に今日一日で起きたことは完全に強要範囲を超えているので、俺にはもう騒ぐ元気は無い。

 なのでほぼ無言でちびちびとピザをつまんでいた。


 しかし女性2人は別だ。

 机に広げられた宅配ピザとフライドポテトを大盛り上がりで食べている。


 特に桜井の食べる勢いはスゴい。食べ方が汚いワケでは無いが、それでも凄まじいスピードで食べているのでガツガツという擬音をつけても演出負けしない。しかも大量にチーズの乗ったピザだろうがスナック感覚で食べ進めていくので、相当な健啖家であることは間違い無いだろう。


「どうしたのユウ君? 食べないの? 食べれないならお姉ちゃんがあーんしてあげよっか?」

「姉ちゃん。そろそろ酒飲む度に俺に子供みたいな絡み方するのやめてくれない?」


 そして姉の愛理も負けじとヤバい。

 姉は一度酒が入り始めると際限なくテンションが上がっていく人種だ。故に一度酒盛りが始まるとおかしくなるのは止められない。

 ただ、それでも家族以外の前ではこういう絡み方はしなかったのだが、どうやら桜井の前では取り繕うようなこともしないらしい。


「そうだ、私サラダ作ってくる! やっぱり野菜食べないと健康的じゃ無いからね!」


 そう言って姉はテーブルを立ってキッチンの方へ行ってしまった。こんな風に急に一品増やし始めるのは素面の時でもよくやっていたので別に気にすることは無い。

 それよりも今警戒するべきは――


「ねえ、ひとつ聞いときたい事があるんだけど」


 桜井だ。

 こいつは何を考えているか分からないが、姉が席を立った辺りで俺の事を睨んでいたあたり、少なくとも良くない印象を持たれているのは分かる。

 こういうとき、心当たりが無ければ被害者面もできたがそれもできないのが悲しいところだ。


「アンタってさ、シスコンなの?」

「は? 脈絡が読めないんだけど」

「脈絡も何も、普通は一人暮らししてるきょうだいの家に住もうなんてならないでしょ。恋愛感情でも無ければ、ね」

「恋愛脳全開の推理かましてるところ悪いけど、俺と姉ちゃんはそういうのじゃねえよ。まあ仲は良い方だけど」

「でもさっきあーんがどうとかって」

「それは小学校に通う前の話。それをたまにああやっておちょくってきてるだけ」

「本当に?」

「本当に」


 俺がそう言うと、桜井はほっと胸をなで下ろした。

 ……いや、その反応はおかしくないか?


「ところでこっちからも一個質問してもいい?」

「デリカシーの無い質問で無ければ。ちなみにアンタに対する私のフィルターは分厚いわよ」


 いきなり初対面の人間にシスコンですか、なんて聞く人間のデリカシーとは一体何なのか。とはいえ、俺もそれに類する質問を今からするのだが。


「お前、姉ちゃんのこと好きなの?」

「うん」

「即答かよ……」

「隠すほどのことじゃないし、隠す気も無いし」

「ちなみにどの辺りが好きなわけ?」

「優しい。顔が良い。頭が良い。スタイルめっちゃ良い。料理が上手。髪がさらさら。うなじがめっちゃ良い。すごい女の子っぽいのに、車好きっていうのが意外性があってなんか良い。テニスしてるときなんかエ――」

「はいストップ。もう分かった」

「えー、まだ言えるのに」

「聞きたくないから止めろってことだよ」


 面と向かってきょうだいの良いところをひたすらに列挙されるとこの上なく恥ずかしい気分を味わうことになる。これは新しい発見だった。

 ついでに知りたくない真実っていうのは15年生きた程度じゃまだまだこの世に残っているというのも大発見だった。


「それじゃあ、何だ? ずっとこの家にずっと通ってたのは姉ちゃんにガチ恋してたからってこと?」

「ガチ恋っていうのは違うかなー。一緒には居たいけど一線は越えようとはしないし。というか危ないこと考えてる人間を家に置いとくような間抜けじゃ無いでしょ、愛理さんは」

「まあ一理あるな」

「そういう意味だったら別に貴方と一緒に住むことに不安は感じてない。不満はあるけど」

「不満?」

「当然あるでしょ? いきなり知らない男が増えたんだったら生活の勝手も変わるし、洗濯物の数も増える。何より異性の部屋にノックもせずにズカズカ入ってくる奴と同じ家に暮らしてたらどんな事故が起こるか分かったものじゃないもの」


 桜井は不機嫌さを一切包み隠さずにそう言ったが、不機嫌なのは俺も同じだった。


「事故も何も誰に予測できるって言うんだよ。姉ちゃんの部屋に知らない女が入り浸ってて、しかも家の中じゃ下に何も履いてないとかさ」

「ソレを言うなら男がいきなり入ってくる方があり得ないでしょ」

「いいか。俺は仮にも姉ちゃんの家族だ。そんでもってその家族は家を空けてるって言うから留守だって思うのは普通だろ?」

「ソレじゃあ私が普通じゃ無いみたいじゃ……いや、レアケースかもしれないけどそれはそれとして」

「なーにがそれはそれとしてだよ。今の話で一番大事なとこじゃねえか」

「くそっ、ちょっと隙を晒したらネチネチネチネチしつこいわねアンタ」


 もし俺が冷静であったならばこんな無意味の極みみたいなマウント取り合戦はやっていなかった。

 けれどもこの時の俺は完全に冷静とは対極の心境に居た。そして俺の仲の負けず嫌いはもう止まるところを知らなかった。

 そして桜井も桜井で負けを認める気は無いと眼と態度が語っている。これは長期戦になりそうだった。


「あれー、二人とも何話してたの? 恋バナ?」


 ここでサラダを持った姉が戻ってきた。調理中も飲んでいたのかさっきと比べてもフワフワしている。


「ちょっとした雑談。それよりも姉ちゃんそんなにバカバカ飲んで大丈夫なわけ? 明日の仕事とか」

「だいじょーぶだいじょーぶ。私お酒抜けるの早いしー」

「仕事はそれで大丈夫でも、いつもその辺で寝て体痛めてるじゃ無いですか。今日はちゃんとベッドで寝てくださいよ」

「分かってる分かってるって!」


 本当に分かっているか分からないリアクションだった。

 まあこれも慣れたことなので寝落ちでもした時はベッドまで運ぶとしよう。


「そうだ。もう一つだけ確認しときたかったんだけど」


 桜井が小声で話しかけてきた。

 まさかまだこの争いを続けようというのだろうか。

 そんな風に考えていた俺だったが、それは流石に桜井のことを見くびっていたらしい。


「愛理さんに迷惑かけるのと心配させるのだけは無しだから」

「分かってるよ……そのくらい」


 この辺りの見解はすんなりと一致した。

 俺も桜井も程度とベクトルに差はあれど姉のことを大切に思っているということだけは共通している。この一点に関しては今日一日でよーく分かった。


「弟として当然だからな。姉を気遣うのは」

「やけにプライド持つわねアンタ……」


 それと、俺と同じくらいに負けず嫌いというのも痛いほど思い知らされた。


 でも、裏を返せばそれ以外はお互いにお互いのことを何も分かっていなかった。

 それは、果たして本当に同じ家で暮らしていけるのかという不安を俺に抱かせるには充分なもので――この夜、俺はなかなか寝付くことが出来なかった。


 そしてこのことが、今日という日に残された最後のイベントを引き起こす鍵になったのは、また別の話。

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