2063/05/24Sat.(4)

『2063年5月31日18:00より、VRサーバーの年次メンテナンス及び再起動が行われます。作業に伴いVR内のデータは全て失われますのでご了承ください。 なお、危険ですので、当日はVRを絶対に利用しないようにしてください。VR研修事務局』


「えっ、データが全て失われるって・・・俺のいる世界が消えるってこと?」


明らかな動揺がその横顔に現れていた。先ほどまでその言動に溢れていた好奇心は影を潜める。その様子を見た咲良は、


「きっと考え過ぎよ。ただのVRのメンテナンスじゃない。別に陸くんが消える訳じゃ・・・」


と陸を気遣った。しかし、陸は、


「ひょっとして俺の記憶がないのって、毎年VRが再起動されているから?」


まるで咲良の声が聞えていないかのように独り言を漏らす。


『たとえ記憶が消えても・・・』


というメッセージの一文が陸の頭の中にフラッシュバックする。心ここにあらずだった。それを見かねた咲良は、


「陸くん、ねぇー聞いて。私も協力するからさ、もう少し調べてみない?きっと何か方法があるはず」


と何とか陸を励まそうとするが、陸には届かない。元々、過去を探るため掲示板にアクセスしたはずなのに、逆にそれが自身の存在の空虚さを証明する結果となってしまったことに対して陸は虚しさとともに苛立ちを感じていた。普段滅多に感情を表に出さない陸だったが、


「咲良に俺の気持ちが分かる?あのメッセージ見ただろ?どうしたって、結局、消えるんだよ!!もうほっといてくれ」


咲良に対して感情を爆発させた。しばらく沈黙が続いた後、


咲良は「私、帰るね・・・」


とだけ呟きベンチを立ち上がると噴水広場の方に歩いて行った。


***


 空に広がる雲は黒さと厚みを増しつつあり、辺りは一時間前よりだいぶ暗くなっていた。先ほどまでは、芝生広場でピクニックシートを広げて思い思いの休日を過ごす家族連れが何組かいたが、いつの間にか人影は消え、広場にはベンチに横たわる陸だけになっていた。


「俺って最低・・・」


陸は今にも雨粒が落ちてきそうな黒い空を見上げながら自己嫌悪に陥っていた。いくら感情が昂ぶっていたとは言え、心配してくれた咲良に考えられないようなひどい言葉をぶつけしまったことを後悔していた。ずっと孤独だった陸にとって、唯一気を許せる存在にありつつあった咲良。そんな咲良が自分から離れていくことに比べたら、自分が消えることなどちっぽけなことのように感じられる。腕時計を見ると、ストップウオッチのカウントはまだ半分以上残っていたが陸は静かに目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る