2063/05/24Sat.(3)
「突拍子もない考えなのは分かる。でも、自分の出した結論に自信はある」
陸は心の中で呟く。物証がないことは重々承知していたが、先程までの咲良との会話と掲示板のメッセージが陸の推論を強力に後押ししていた。しかし、確たる証拠もないまま咲良を納得させるのは容易ではなかった。陸は天を仰ぎ思案を巡らせる。その時、メッセージにあった『VR研修』という言葉がふと頭の中に浮かんだ。そして、何の前振りもなく、
「じゃーさ、咲良の大学でVR研修ってある?」
と突然切り出した。咲良は陸の突然の話題転換に戸惑いつつも、
「えっ?VR研修?うん、毎年五月に一か月間あるよ」
「で、病院は?決まってるの?」
自身の好奇心を抑えることができない様子の陸。
「もちろんVR内にはいくつか病院があるから。うちのクラスは都立牧野病院ってとこだけど。それがどうかしたの?」
咲良はさらりと言った。
「牧野病院!?それって、俺の入院してる・・・」
陸は咲良の話が掲示板の書き込みの内容とあまりに合致していることに驚き、言葉を詰まらせる。数秒間の沈黙の後、
「で、今も研修中?」と陸は質問を続けた。
「うん、今年は三階の東病棟だよ」
陸のいる一階東病棟とは違っていた。棟こそ同じであったが、各病棟、ベット数が50床以上あり、病棟が違えば顔をまず合わせることはない。しかもそれが期間の短い実習生なら尚更だった。
「じゃー去年はどう?同じ病棟だった?」
メッセージの内容が正しければ陸のいる病棟で研修していたことになるが。
「去年も同じ所だった・・・と思う」
咲良の返答はそれまでに比べ明らかに歯切れの悪いものだった。
「思うって?」陸は間髪入れずに聞き返す。
「隠すつもりはなかったんだけど・・・」
咲良の表情が徐々に曇っていく。そして、しばらく考え込んだ後、意を決したように続ける。
「実はね、、、私も一年以上前の記憶がないんだ。だからこの前、陸くんに昔のこと聞かれた時、とっさに掲示板で交換日記しようってごまかしたんだよね。ごめんね」
「記憶がない・・・いや、謝ることはないよ。俺も隠し事してたわけだし。実は咲良が交換日記の提案してくれた時、内心ほっとしたんだ」
咲良のまさかの告白に戸惑い気味の陸であったが、そのこと以上に先週、咲良が自分と同じような心境だったことに対して親近感を覚えていた。
「でもさ、陸くん、どうしてVR研修知ってるの?」
咲良は陸の質問がひと段落したのを見計らって問いかける。それに対して陸は、
「今、掲示板見れるもの持ってる?それで掲示板のアーカイブ開いてみて」
「うん、あるよ。ちょっと待って」
咲良はそう言うとメッセンジャーバックからフレキシブル有機EL製の透明な携帯端末を出した。それは陸のタブレットの半分以下の薄さで、咲良が指で触れるとそれまで透明だった画面に文字とアイコンが浮かび上がる。その様子を興味深げに見ている陸。咲良は慣れた手つきで携帯を操作し掲示板を開くと、陸に差し出した。それを受け取った陸は、
「あっ、ありがとう。このメッセージのパスワードはね・・・」
と先週の夢の中での一件を説明しながらパスワードを入力した。
「ほら、これ見て」
携帯画面を咲良の方に向ける陸。咲良はベンチに腰掛けたまま肩が触れ合うくらいまで陸に近づき画面を覗き込んだ。
「どう?見覚えない?このメッセージの中のVR研修の話、今咲良が話してくれたことと一致するんだ」
と陸は咲良の方の目を見て問いかける。咲良は画面のメッセージを食い入るように見ながら、
「うーん、書いた覚えないよ。でも、このメッセージが正しいとすると陸くんは本当にVRから来たってこと?」
「そう。信じられないかも知れないけど、俺達は違う世界に住んでいるみたいなんだ。そのせいか分からないけど、俺がインターネットで掲示板についていくら検索しても全く出てこないし、この前、掲示板に書き込む時も、どうやってもパスワードを設定できなかったんだよね」
興奮気味の陸は更に続ける。
「VR研修について何か覚えてることない?もしこれが正しければ、俺達は一年前に知り合ってい・・・」
咲良が必死に思い出そうとしている様子を見て、陸は途中で口を噤んだ。咲良はしばらく考えた後、
「うーん、何も・・・ごめんね。本当に記憶が・・・あっ、そう言えば、」
何か思い出したような表情で、
「メッセージとは関係ないかもしれないけど、大学のVR研修のイントラネットでVRのメンテナンスで使用できないとかいう通知が出てたような・・・ほら、これ」
陸が持つ携帯端末の画面を操作し、該当するページを表示した。それを見た陸の表情がみるみるうちに強張っていく。
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