2063/05/17Sat.(4)

 注文が終わり、店員がレジの方に戻って行ったのを見て咲良は、


「せっかくだから、料理来るまで屋上のカフェテラスに行ってみない?」


と陸をカフェテラスに誘い、続けて、


「まだだけどね」


と陸をからかうように笑顔で言った。


「ごめん、ごめん。今度は夕方に来よう。でも、どこから屋上に上がれるの?」


と咲良の冗談を真に受ける陸。


「冗談、冗談。屋上はあそこの階段からよ、行こ」


咲良は陸のリアクションに満足したのだろう、嬉しそうな表情で席を立つと、店の中央にあるらせん階段に向かった。陸も直ぐに咲良の後を追った。


店内のインテリアはそのほとんどが木製だったが、このらせん状の階段は強度の問題か、金属製で店内とは少し違った雰囲気を醸し出している。店の中央にあるため少し薄暗く、登っていると圧迫感を受ける。しかし、テラスに出ると一気に視界が開けた。その眺めに陸は思わず息を呑んだ。


 カフェが小高い場所にあるためか、想像以上に見晴らしが良く、手前には公園の芝生広場と噴水広場を一望できた。先程まで歩いていた大通りは公園の奥側では直線になり海岸まで真っ直ぐ伸びていて、その両側にオフィスビル群がまるで花道を作るかのように配置されていた。都会の普通の風景だったが、普段公園のベンチから上を見上げることが多い陸の目には、ひときわ美しく、鮮やかに映っていた。陸が景色に見惚れていると、


「結構昼間でも綺麗な景色だよね。特にね、今の時期は太陽がちょうど大通りの向こう側に沈むから、夕日がビルに反射して通りがまるで光の道のように見えるんだって。今年は5月31日が一番綺麗なんだってさ。一回見てみたいよね」


咲良は遠くを眺めながら言った。


「31日?俺も見てみたいな。そう言えばさ、この店って掲示板と関係あるの?名前同じでしょ?」


陸は思い出したように店の看板を見た時から抱いていた疑問を咲良にぶつけた。 以前、ネットで調べた時は掲示板についての情報を何も得られなかったため、陸はダメもとで聞いたつもりだったが、咲良の口から出てきた言葉は意外なものだった。


「えー陸くん、知らないの?ほら、あそこ」


咲良はテラスの中央にある大型モニターを指差した。


「あれが掲示板でインターネットに繋がっているんだって。この掲示板を通じて知り合うとずっと一緒にいられるって、若者の間で口コミで広がって今では本業のカフェよりも人気があるんだよ。でね、・・・」


陸は咲良の話に耳を傾けながらも、何故か掲示板が気になりゆっくりと近づいた。モニターにはリアルタイムの書き込みだろうか、無数のメッセージが画面の下端から上端方向に流れているのが見えた。しばらく画面を見ていた陸は、突如モニターに吸い込まれるような感覚に襲われた。そして、無意識に手を伸ばし画面に指先で触れる。その瞬間、「バチッ」と電気が流れるような音がし、それに驚いた陸は反射的に手を引っ込めた。


「陸くん、大丈夫?ぼーっとしていたようだったけど」


咲良は心配そうな表情で陸の方を見ていた。


陸は「うっ、イテテ、静電気かも。大丈夫、大丈夫。それよりそろそろカレー来るんじゃない?」


とごまかしたが、奇妙なことに痛みは全く感じていなかった。


「あっ、そうね、じゃー戻ろっか」


咲良はそれほど気に留めていない様子で、階段の方に歩き出した。陸も掲示板のことが気になったが、咲良の後を追って階段に向かった。

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