2063/05/10 Sat.(1)
翌朝、目覚ますと、中央の通路にある照明が既に灯っており、カーテンの上部からLEDの白い光が差し込んでいた。この時期には珍しく雨が降っているのだろう。病室は薄暗く、カーテンの向こう側から「ザー」という雨音が聞こえる。陸は横になったまま額に腕を載せ、いつもと変わり映えのしない白い天井をぼーと眺めていた。夜中に何度か目を覚ました時も、掲示板のことが気になり、タブレットを手に取ってメールに貼られたリンクを何度もタップしそうになった。寝付きは良かったものの、そのおかげで陸は珍しく寝不足であった。
「登録した覚えないんだよな。でも、元々記憶もないしな、、、」
陸はベットに横たわったままうわ言のように呟いた後、
「もし前に登録していたら?記憶を取り戻すきっかけになるかも?」
と心の中で自身に問いかけた。ただ、それは掲示板へアクセスする口実を単に探しているに過ぎなかった。
一時間以上悩んだ末、結局好奇心には勝てず、陸は枕元に置いてあったタブレットに手を伸ばした。メールを開きそのリンクをタップすると、サンセットSNS掲示板というロゴマークと、ログインIDとパスワードの入力欄が表示された。奇妙なことに、IDとパスワードは既に入力されていた。
「えっ?本当に使っていた・・・」
予期せぬ結果に驚きの表情を隠すことができない陸。驚きとともに何とも言えない高揚感が陸の中にこみ上げてきた。それに伴って上がっていく心拍数。陸は「ふぅー」と自らを落ち着けるように意識的に息を吐き出した。そして、ログインボタンをタップする。少しの読み込み時間を経て、メッセージが表示された。
無題 2063/05/09-14:55
『こんにちは。初めて書き込みます。私は日向咲良といいます。掲示板でプフィールを見て気になって書き込みしてみました。良かったら返事ください。待ってます』
そこには文章とともに写真が添付されていた。写真の女性はとても可愛らしい顔立ちで、今流行りのアイリス・ブリーチ*1をしているのだろう、日本人には珍しい澄んだ碧色の瞳。長い茶色の髪は結んで左肩側に降ろしている。花柄のワンピースにグレーのカーディガンを羽織っており、ピースサインをして少し恥ずかしそうに微笑んでいた。陸の目には、この女性がとても魅力的に映ったが、その名前に聞き覚えなく、もちろん顔にも見覚えはなかった。
「誰だろ?やっぱりいたずらかな?」
掲示板にアクセスする口実だったとは言え、自分の過去について何らかの情報を期待していた分、陸の落胆も大きかった。
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*1 眼球の虹彩にレーザーを照射し、メラミン色素を含む層だけを取り除くことで青色の瞳を得ることができる。また、錠剤を服用することで容易に元の瞳の色に戻すことが可能。その手軽さからファッションの一部として若者達の間で流行している。
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