第27話被告アムンゼン エピローグ

「いやあ、さすがはテイル先生ですね。今回の裁判もお見事なものでした」


 裁判を勝訴で終えた俺とガリレオが牢屋にアムンゼンを迎えにいくと、ポチがそう言いながら俺に駆け寄ってくる。


「アムンゼンさんがおしっこを溜め込むことにあんな意味があったなんて……よこしまな妄想しかできなかった自分が恥ずかしいです」


 そう言うポチを放っておいて、俺とガリレオは牢屋の中のアムンゼンのもとに向かった。


「あ。テイル先生。今回はどうも。おかげで気兼ねなくおしっこをペットボトルに溜めこめます。どうですか、先生もおひとつ」


「変なこと言わないでください。テイル先生がそんなアムンゼンさんのおしっこ入りペットボトルなんて受け取るはずないじゃないですか」


 アムンゼンの俺への申し出を、ガリレオが間に割って入ってさえぎった。そんなガリレオに、アムンゼンが微笑みながら言うのだった。


「あら、わたしは『おひとつ』とは言いましたけれど、それがわたしのおしっこ入りのペットボトルとは言ってませんわ。わたしは、空のペットボトルにテイル先生もおしっこしてみませんかという意味で『おひとつ』と申しましたのに。万が一という事態に備えてこその科学者ですものね、テイル先生」


 アムンゼンに混ぜっ返されて、ガリレオは言葉を失っている。そんなガリレオをよそに、俺はアムンゼンに言うのだった。


「遠慮するよ。俺はオムツ派だからね。それで、アムンゼンさんはこれからどうするの」


「それなんですがね、テイル先生。今すぐ南極点に向けて出発しようと思っていますの。ぐずぐずしていたら、誰かに先をこされてしまいますもの」


「そうか。で、南極点にはどうやっていくのかな。南極大陸までは船で良いとして、そこからはどうするのかな。南極点には誰も到達していないから、すでに誰かが言ったことがある地点にしか行けないテレポートは使えないし、飛行機なんて南極のブリザードであっという間に墜落してしまうからねえ」


「それはもう、犬ぞりですわ、テイル先生。わたしは、幼い頃から犬ぞりで雪原を駆け回っていたんですもの。犬ぞり以外には考えられませんわ」


 そう言うアムンゼンに、俺はいたずらっぽく聞くのだった。


「ガリレオ君が前回のカポネ裁判で発明したアルコールエンジン搭載の車はどうかな。多分犬ぞりよりも速いよ。アルコールなら南極の極低音でも凍らないし、いざという時にはアルコールが気付け薬にもなるんじゃないかな」


「いや、わたしが発明したなんて、そんな……わたしはただテイル先生の指示通りにしただけで」


 照れくさがっているガリレオをよそに、アムンゼンが答えた。


「いえ、わたしはどうも機械は苦手で。万が一にでも機会が故障してしまったらどうにもなりませんもの。その点、犬ぞりなら絶対安心とは言いませんけども、子供の頃から犬ぞりに乗ってきたんですもの。テイル先生やガリレオさんには申し訳ありませんけれども、わたしにとっては発明されたばっかりの機械よりも長年親しんできた犬ぞりの方がずっと信頼できますわ」


「多分、アムンゼンさんならそう言うと思っていたよ。犬って寒さにとても強いんだってね」


「そうなんですよ。わたしが『今日は寒いな』って厚着しているのに、わたしのワンちゃんったらなんの防寒具もなしに外を走り回っているんですから。


「ちなみに、南極ともなれば飲料水には苦労するでしょうあ、アムンゼンさん。氷や雪といった水の原材料はそれこそ山のようにあるのに、溶かすのに一苦労ですもんねえ。そんな時にはおしっこが飲用になるんですか?」


「女の子のわたしには答えにくい質問ですが、テイル先生には恩義がありますからね。いいでしょう、お答えしましょう。でも、ここだけの話にしておいてくださいね。ガリレオさんもナイショですよ」


「わ、わかりました。絶対このことは他では口外しません」


 ガリレオはそう宣言したが、俺はどうしようかな。まあ、いずれ世界に名だたる冒険家になるアムンゼンの秘密を握ると言うのは悪くはないな。そんなことを考えている俺に、アムンゼンはきっぱりと答えるのだった。


「もちろん、飲みますよ。命には変えられませんからね。同行する隊員とだけでなく、いっしょのワンちゃんとも飲みあいっこします。慣れれば、味や匂いで体調管理もできますしね」


 それが正解なのだろう。ばっちいだの下品だの言う連中は、一度極限状態に身を置いてみれば良いのだ。なにより、おしっこにはビタミンやミネラルも含まれているから、生野菜が取れない南極大陸での健康維持には最適なのだろう。


「というわけで、テイル先生、ガリレオさん。いざという時はお互いにおしっこを飲み合う覚悟を聞けた方がいいと思いますよ」


「そ、そんな、わたしがテイル先生のおしっこを飲むだなんて……」


 表情を赤くして照れくさがっているガリレオに、俺はこう言ってやるのだ。


「それもそうだな、ガリレオ君。君には自分のおしっこを飲むか俺のおしっこを飲むかの選択権があるんだからな」

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