第24話被告アムンゼン 面会
「弁護士さんですか。ここはいい国ですね。水がこんなにも使えるなんて。それに、放っておいても凍らない。わたしの母国とは大違いです」
「そうですか、アムンゼンさん。それはよかった。お察しのとおり、俺は弁護士です。テイルと申します。アムンゼンさんを弁護士に来ました」
どこかけだるげにそんなことを言うアムンゼンには、いかにも薄幸の美少女という雰囲気が漂っている。北欧育ちと言うのはロマンをかきたてられる。
「ところで、テイル先生。わたしが牢屋に入れられた理由はご存知なんでしょう。でしたら、このペットボトルの中身に興味はおありかしら」
そう言ってアムンゼンは中に液体が入ったペットボトルを持ち上げる。中の液体は、レモンティーみたいな色合いをしているが、日本の警察が被疑者に飲み物としてレモンティーを支給するとは思えない。となると、あの液体は……
「い、いきなり何をいうんですか、アムンゼンさん。テイル先生がそんなものに興味あるはずが……」
「いやあ、ありますねえ。それもおおいに」
「ですよねえ……ええっ、本当ですか、テイル先生」
勝手に俺がアムンゼンのおしっこに興味がないと決めつけないでもらいたい。ガリレオが俺の何を知っているというのだ。
「きょ、興味って……あれですよね。科学的なあれですよね。牢屋に閉じ込められた被疑者の精神状態や健康状態の分析とかですよね、テイル先生」
「いや、科学的な目的ではないなあ」
「そ、そんな。テイル先生のそんなアブノーマルな部分なんてわたしは知りたくありませんでした。まさか、そんなことが……」
「俺は主に民族学や地理学的にそのペットボトルの中身に興味があるんだな。すまない、ガリレオ君。俺の言葉が不正確だった。自然科学ではないが、社会科学や人文科学的にはおおいに興味を引き立てられると言ったほうが正確だったな」
俺の言葉に、ガリレオを聞く耳を持たない。
「いやです、聞きたくありません、テイル先生。そんな、科学的な目的以外にどうおしっこに興味を持つというんですか。それ以上何も言わないでください……社会科学? 人文科学? なんですか、それ」
と思ったが、しっかり俺の言葉をガリレオは聞いていたようだったので説明してやることにする。
「簡単に言うと、自然科学が日本における理系の学問と思ってもらっていいかな。で、社会科学と人文科学が文系の学問にカテゴライズされるわけだ。文系理系っていうのは世界的に見ればメジャーな概念じゃなくてね。特に西洋では学問を自然科学、社会科学、人文科学に分けるのが一般的だ」
「そ、そうなんですか。テイル先生っていろんなこと知ってるんですね。わたしてっきり、科学……自然科学専門だと思ってました」
「ガリレオ君。俺の本職は弁護士なんだよ。法律のプロフェッショナルだ。つまりは人文科学……ガリレオ君にわかりやすく言うと、文系の学問も心得ている。と言うより、俺に言わせれば、文系理系や、自然科学人文科学社会科学と言う区別がナンセンスだね。文系に組み込まれている経済学ではお金という数で判断されるものを扱う以上数学が必要不可欠だし、理系でも自然科学に歴史を調べようと思ったら、文系の歴史学に通じる必要がある」
「お、おみそれしました、テイル先生」
「わかればいいんだ、ガリレオ君」
俺とガリレオの話を聞いていたアムンゼンが話に参加してくる。
「それで、テイル先生はわたしのおしっこにどう人文科学や社会科学的な興味があるんですの」
「それなんですがね、アムンゼンさん。あなた、冒険とかしたりしませんか」
「なにを言っているんですか、テイル先生。こんなか弱いさわれば崩れ落ちてしましそうにはかなげなアムンゼンさんが冒険だなんて。そんなことあるはずが……」
「よくわかりましたね、テイル先生。わたし、幼いころから犬ぞりに乗ってそのあたりを走り回るのが大好きなんでしたのよ。今度、南極点への初到達を狙っていますの」
「ですよねえ……ええっ」
またも驚きの声を出したガリレオが、俺に『どうしてわかったんですか』なんて表情を向けるが、俺は何でもお見通しなのだ。
「そうですか。アムンゼンさんは冒険がお好きですか。冒険となると、いろいろ大変なんでしょうなあ。特に、水なんてここみたいにポチ……看守に持ってきてもらうわけにはいきませんものねえ。トイレの水が『便水願います』と言えば流し放題なんてぜいたく極まりないですよねえ」
「テイル先生。もうなにもかもお見通しじゃないんですか。わたしの話なんて聞かなくてもいいくらいに。わたしも、一応は女の子ですから、あまりおしっこの話をどうこうするのは恥ずかしくて……特にテイル先生みたいな男性の前では」
アムンゼンの言う通り、ポチに事情を聞いた時点で裁判でどう勝つかはわかってしまったが、それではつまらない。俺は、人から話を聞いただけで『それはこうこうこう言うことだね』なんて言う安楽椅子探偵ではないし、だいいち、ポチと話しただけで問題解決というのはあまりにも絵面が地味すぎる。
やはり、理不尽に投獄された美少女の話を親身に聞いて、その上で生意気なサイエを法廷で叩きのめしてこそ心地よいフィニッシュと言える。それでは裁判開始だ
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